家庭教師ヒットマンREBORN!


秘密のキャンディ





 女の子はショッピングが好きなものである。大抵は。


 ここ、並盛駅前にあるファッションビルではバーゲンが始まっていたが、始まって既に一週間が経っているせいか休日なのに想像していたよりはずっと空いていた。
「はひー、これならゆっくり見られますね」
「そうだね」
 互いの学校での学期末テスト日程が終了した解放感も手伝って、ハルと京子はまずはエスカレーターに乗った。
 先月のお泊まり会で、京子が「お揃いのパジャマが欲しい」と言い出して、今回のショッピングのメインはパジャマなのである。


「京子ちゃんはどんなパジャマが良いんですか?」
 ナイトウェア売り場で適当につまみながらハルは尋ねる。パジャマと言っても形はさまざまだ。一般的なトップとパンツのパジャマから、ネグリジェ、人によっては下着で寝る人もいる。
「脱がしやすいやつ。あー、でも着たままできるのもいいな」
 京子がさらりとすごいことを口走っているので、ハルは口をぱくぱくさせて顔をゆでダコにしている。
「き、京子ちゃん。それは本気なのですか」
「うん?あははー、ハルちゃん顔が真っ赤だよ」
 顔をぐっと近づけて真顔で問うハルの顔を見て京子はおかしそうに笑う。
「いえ、あははではなく…」
「本気も本気。ハルちゃんに嘘は言わないよ」
 ふいをついてハルの頬に軽く京子の唇が触れる。幸いナイトウェア売り場には人はまばらだから誰も気にしてなんかいないだろう。
「んー、やっぱりネグリジェかなー。でも丈が長いんだよね」
 ネグリジェは一般的には膝下…ふくらはぎくらいのところまで丈がある。脱ぐには簡単だけれど、なんかこう、イメージするとちょっと間抜けに感じる。
「ちょっと店員さんに聞いてくるね」
 1人でぶつぶつ言っていたかと思えば、店員さんのところにすっ飛んでいった京子。ハルは京子が店員さんにどんな相談をしてくるのかが心配で、京子と店員さんが話をしている様子をハラハラしながら遠くから見ていた。


 ややあって、京子が店員さんにお辞儀をしてハルの元へ戻ってきた。
そして京子はハルの腕を掴むとずんずん歩きだす。
「京子ちゃん、パジャマは…?」
「売り場を変えるっ」
 それだけ言ってまたエスカレーターに乗って数階移動する。


 移動した先は、なんと下着売り場だった。
「はひー!しかも普通の下着売り場とちょっと違いますよー!」

 下着、それだけでもピンからキリまである。ハルや京子みたいな中学生が日頃つけるようなものが売っているオープンで明るい下着売り場ではなく、少し店内の装飾がゴシック調で妖しくて、お香のような薫りがかすかに漂っていた。
「ねえねえハルちゃん、こういうのつけてみない?」
 無邪気な笑顔で京子が差し出してきたのは、総レース仕様のブラジャーとショーツのセット。
「これなにも隠れないじゃないですかー!」
「えっちの時につけるんだから隠さなくて良いじゃない」
 どうせその透け透けの下着をつけたところで結局丸裸にされるんだからそれもあまり意味がない…などとハルが悩んでいる間にも、京子は初めて見る大人の世界のランジェリー類に飛びついて喜んでいる。
「京子ちゃん、下着も良いですけど、パジャマはどうなったんですか」
 ガーターベルトを手にしてうっとりしている京子をハルはこっちの世界に戻す。
「ああ、それならねー」
 ハルの手を引いて「こっちこっち」と京子は店内を誘導する。これがいいの、と京子が指差したのは、ベビードールだった。
「デザインとか丈とか考えたら、ベビードールが丁度いいなって思ってるんだけど」
「ベビードール、ですか…」
 ハルは実物を手にとってじっくりそれを眺めた。ベビードールは、確かに露出する部分も多いけれど、フリルがひらひらしていて可愛らしく色もそんなにキツくない。月に一度だけ着るのであればそんなに嫌でもない。
「いいですよ、これ。ハルこれなら着れます」
「本当!?わぁー嬉しい!」
 本当に心の底から嬉しそうに京子が笑うから、ハルも嬉しいと思う。お揃いを買う、というのが前提だったので同じものを探したら運良く2着きっかりあった。薄いピンク色のベビードール。
「うーん、こうなったらフルセット揃えたいわ」
 京子はまたランジェリーのところへ行ってしまった。大事に抱えたベビードールにあれこれと重ねながら、脳内シミュレーションしているのだろう。ハルもその辺にあるものを適当に眺めていたら、京子がぽんとハルの肩に手を置いた。
「ねーハルちゃん、これ着てみて?」
 これ、と差し出されたものは先程みた何も隠れない総レースのようなものとは違って、ちょっと布面積の狭い薄ピンク色のショーツと白いトーションレースで出来たガーターベルトだった。
「着てみてって、ショーツって試着出来ないんじゃないですか?」
「そうか…そうなのかな」
 京子は諦めきれない感じで店員に試着が出来るかを尋ねてみる。少しのやり取りの後、京子はスキップしてハルの元へ帰ってきた。
「ショーツの試着出来るって!ということで、はい。一式着てね」
「えっ…嘘です…!」
「あれだよ、水着売り場と同じで汚れない様に紙をあてるんだって」
 ああ…そういうこともあるか…と京子に背中を押されながら試着室へと向かうハル。ここまで来たら引き下がることは出来ない。

「京子ちゃん、ブラジャーないんですけどいいんですか?」
 ハルはふと手元に胸を隠すものがないなと気付いたのだ。
「ハルちゃんって寝る時にブラしてたっけ?」
「…すいませんしてません」


 なんだかどこかで目的が変わってしまった気がしていたが、あくまでもベビードールはお泊まり会用のパジャマなのだ。眠るまでに色々しようとあくまでもそれを着て寝ることが前提だったのをハルはすっかり忘れてしまっていた。
「じゃあ、試着の時にブラは」
「もちろんつけない」
 分かりました、とハルは呟いて試着室に押し込まれた。下着の試着ということは一度裸にならねばならない。鏡を前にするすると服を脱いでいく自分をハルは切なく見つめた。


 裸になって、さあ下着をつけるという時にハルは早速判断に迷った。ショーツとガーターベルトってどっちが上でどっちが下かということに。どちらでもかまわないのが本当なのだが、確か用途によって着け方が変わるということがあったはず。京子ちゃんの好みはどちらなのだろう。本人に聞けば早いと思い、とりあえずベビードールを着て試着室のカーテンから顔だけを出してハルは京子を呼んだ。
「ハルちゃんもう着れたの?」
「いえ、あの…質問が」
 ハルが京子の耳元でこそこそと耳打ちすると、京子もこそこそと耳打ちで答える。そしてハルはまた試着室の中に戻っていく。


 そしてまた試着に戻ったハルだったが、まずガーターベルトをつける。吊るすものがないから紐がブラブラしてしまうが、ショーツをつけたら紐が挟まって遊ばなくなった。ショーツをつける時にはきちんと、汚れない様に試着室の片隅に置かれていた紙をあてて。
「……はひ」
 見るのと着るのではだいぶ印象が違った。思っていたよりもずーっとずーっとショーツがちんまりしているのだ。かなりのローレグで紐まで行かないが紐に近い太さしかない。そして最低限大事なところを隠す布に、後ろ姿はTバックっぽく見える。
「こ、こんなのつけていいんでしょうかハルは…」
 出来上がった自分の姿を見てそうとう際どい格好をしているなと他人事の様に鏡に映る自分を眺めた。
「き、京子ちゃーん、終わりましたよ…」
 その言葉が聞こえたかなと思った瞬間、京子が試着室になんと入り込んできた。
「やーん、やっぱり実物で見るのが一番いい!とっても似合うよハルちゃん!」
 京子が手の平を頬にあててうっとり際どい姿のハルを堪能する。
「後ろ姿も見せて」
「はい」
 ハルがくるんと回って後ろ姿を京子に見せると、また京子は歓声を上げて喜んでいる。
「も、もういいでしょうか…」
 そろそろ服が着たいなーとハルが言う。京子もそろそろハルを解放してやらねば、と思っていたところだったのであっさりと引いた。
「ショーツとガーターベルトは私からのプレゼントだからね」
 お会計の時にどうするんだろうと思っていたハルに京子はそう言って、わざわざプレゼント用に包んでもらっていた。



 一番の目的を果たした2人は、余力で普通に服や小物や靴などを見て回った。2人であれこれ話しながらフロアを回っているとびっくりするくらい時間が経ってしまう。獄寺くんは女の子のショッピングのエスコートにはきっと向かないよね、なんて2人でクスクス笑いながらかなり遅めのランチをファーストフード店で摂る。
「ねえハルちゃん」
 京子はからからとドリンクの氷をストローでかき混ぜながらハルに話しかける。
「はい?」
 フライドポテトをつまみながらハルは返事をする。
「…今日、臨時お泊まり会しよ?」
 ふふふと笑みを浮かべて、京子は可愛らしくねだる。よっぽど試着室で見たハルへのコーディネイトが気に入った模様。
「やっぱりそう来ましたね、京子ちゃん」
 先程の試着室での京子の浮かれ様から、絶対何かくるだろうと思っていたハルは、その京子のお願いはある程度予測していたものだった。
「ハルは別に構いませんが、京子ちゃんのお宅は大丈夫なんですか?」
 いつもはちゃんと日にちが決まっていたから、晩ご飯をご馳走になったりとかしても多分ちゃんと前もって準備してくれているのだろうと思っているのだが、突然行ったら京子ちゃんのお母さんはお夕飯の準備に困ってしまうだろう。
「京子ちゃんのご家族にご迷惑はかけたくありません」
 正論で回り込まれた京子は、がたっと席を立ってお財布だけ持ってファーストフード店から出ていった。そして3分ほどでまた戻ってきた。息を切らせながら、にっこりとハルに向かってピースサインを向ける。
「今電話で聞いてきた。お母さんは大歓迎よって言ってたから」
 京子を席に座らせて、落ち着くようにハルの飲みかけのアイスティーを京子に渡す。それをずずっと一口すすると、京子はやっと一息ついた。


「それじゃ、今日は決まりですね」
 ハルが真夏に鮮やかに咲く向日葵のような笑顔で快諾してくれたものだから、京子は嬉しさのあまりにハルの首に腕を回して頬を擦り付けた体勢で「ハルちゃん大好き!!」とハルにだけ聞こえる様に囁いた。



 そして2人で手を繋いで京子の家へと向かう途中、京子が「ちょっと」と言って手を離してお店に入ってしまった。ハルも入ってみたが、ここは靴下とかを売っているお店だった。
「京子ちゃん、何を買うんです?」
 京子に目をやると、いくつかストッキングの商品を持っていることが分かった。京子の目がキラキラしていたのを見逃さなかったハルは、多分それは自分が履くものなんだろうなと予想がついた。

 だって、初めからガーターベルトだけつけていても間抜けだと思うから。京子の指示通り着た場合はつけたままショーツを脱がせてコトに及べるのが利点であり重要なところであるのだろう。


(しかし、京子ちゃんはどこまで突き進むのでしょうか)
 ハルは、己の明日をちょっと不安に思うこのごろであった。





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