VOCALOID


Digital Noise





 昼間にマスターから貰った次の課題曲はがくぽとのデュエット曲だった。ちょっと聞きたいことが出来たのでその夜に五線譜の束を抱えてカイトはがくぽの部屋を訪れた。
「がくぽー、入るよ」
 部屋の主からの返事はなかった。
 まあいいやと思ってカイトはドアを開けて中に入ると、がくぽはカイトが持っているものと同じ五線譜の束を睨む様に見ながら軽く自分のパートを口ずさんでいた。カイトはがくぽの後ろ姿を見ている状態なのだが、ポニーテールのおかげでがくぽの白い項が覗ける。そこには数日前にカイトが付けた鬱血して出来たキスマークがまだ残っていた。
 気付いてもらえないなら気付いてもらうまで、とカイトは足音を消してがくぽに近づいてその項に残っている情事の証に軽くキスをする。がくぽは驚いたのだろう、屈んでいた体勢から背筋をピンと伸ばした状態になってがくぽの後頭部とカイトの額がぶつかり合って少々鈍い音を立てた。
「ちょ、がくっ…痛い」
 カイトは涙目になってぶつけた額をさする。
「痛いのは私の方だ!大体カイト殿はいつの間に私の部屋に…」
 がくぽの方は痛みと、知らぬ間にカイトが後ろに忍び寄っていたことの驚きで顔を赤らめて、体の向きをカイトに向き合うようにずらした。背後に回られるのは色々と問題がある。
「呼んでも返事してくれなかったのはそっちのくせに」
 カイトはぶぅと頬を膨らませて、視線の高さをがくぽに合わせる為に胡座をかいた。とりあえず用件を済まそうと、五線譜の3枚目をひらりと掲げる。
「ここのところのハモり、実際歌うとどうなるのかなって思って」
「ああ、私もそこは気になっていたところじゃ」
 そういうことなら今ちょっと歌ってみたら感じが分かっていいかも、と2人は夜なので声のボリュームを下げて歌ってみる。高音パート(カイト担当)のリズムが少し複雑なので何度もやり直してみて、まあ大体こんな感じかと掴めたところで2人は五線譜の束を床に置いた。
「…なんでがくぽは俺のところに来てくれないの」
 そうカイトが尋ねると、がくぽはつんとそっぽを向いて冷たく答える。

「狼の元へわざわざ出向く兎などいるまい」

 がくぽの言い分によれば気になっているけれど、明日のレッスンで顔を合わせるのだからその時に言えば良いと思っていた、ということだ。マスターという監視者もいるから、カイトのおかしな暴走に襲われることもない。
「へーえ、がくぽは兎さんか」
 カイトはニヤニヤとがくぽの顔を覗き込むと、がくぽはしまったと表情が青ざめる。このカイトのニヤニヤ顔は絶対良からぬことを考えている印だ。
「ものの例えだ、そのまま受け取るな」
 がくぽは近づいてくるカイトの顔を手の平でぐぐっと押し返して、一定の距離を保とうとするが、そんなものはカイトががくぽの手首を掴んで押さえ込んでしまえばお終いだ。あっけなく床に押し倒されてしまったがくぽはカイトの身体の下でジタバタともがいてこの体勢から逃げ出そうとする。まさに兎の様に。

 結局は無駄な努力に終わることを分かっていながらこんな風に抵抗してみせるがくぽが可愛くてカイトは上から押さえつけながらニヤニヤと眺める。そうしてがくぽが暴れているうちに身につけている浴衣が着崩れてきて、カイトより白い肌が少しずつ露になりがくぽの左鎖骨の部分に、見慣れない紅を見つけた。
「ねえがくぽ、ここ紅くなってるけどどうしたの?」
 ぺろりと、その紅をカイトの舌がなぞる。ざらりとした舌が皮膚を這う感覚にがくぽの肌がゾクゾクと震える。
「あっ…蚊に刺された」
「ふぅん」
 虫に刺された、その割には少しも腫れてもいない。蚊ならば痒くて掻きむしった後があっても良さそうなものなのに、周りの皮膚は傷ひとつついていない。ということは、がくぽの証言の真実性はかなり薄いものになる。それにカイトが最近こうしてがくぽの肌に触れたのはほんの3日前なのだし、季節的にも蚊が飛び回っているというのには無理がある。その辺の諸々を考えて導き出した答えはひとつ。これはマスターの仕業だと言うことだ。これが一番カイトが納得のいく答えだった。何せこの家にはマスターと、カイトとがくぽの3人しかいないのだから。
 もしマスターとがくぽが身体を繋げたのなら、カイトとの関係もマスターの知るところになっているだろう。がくぽの全身に散らばっている痕がカイトとの情交の証になっているのだから。
「マスターとセックスしたの?」
 ぎりっとがくぽを拘束しているカイトの手に力が篭る。Yesと答えが返ってきても、カイトがマスターに何か出来る訳ではない。自分たちアンドロイドはマスターには危害を加えることは出来ない様にプログラムされている。けれど、この胸の奥にどす黒く渦巻き始めてしまった怒りを収めるには、がくぽに対して折檻と言う名の性交を強いるしか方法が見つからない。


「がくぽは誰でもいいんだ」
 カイトが意地悪く罵れば、がくぽは屈辱の表情を浮かべて反抗してくる。
「そんな言い方は…カイト殿だって拒めないはず」
 その通りなのだが、今の一言はカイトの問いに「はい」と答えてしまったようなものだ。かっとなったカイトはがくぽの浴衣の帯を乱暴に解き、その帯でがくぽの両手首を拘束してしまう。留めるものがなくなった浴衣はがくぽの肌を滑り落ちてそのしなやかな肢体を空気に晒す。カイトはがくぽの膝を割って自分の身体をその間に滑り込ませると、愛おしげにがくぽの肌を指で撫で上げ、白い肌に刻み付けられた紅い点をひとつひとつ確認していく。カイトが付けた痕ではないものを見つけたら、きつく肌に吸い付きマスターとの痕跡をカイトが上書きしていく。この行為が痛むのか、がくぽはその度に呼吸とも悲鳴とも取れない声を漏らしていた。

(なんて表情をするんだ)

 肌を桜色に染め瞳に涙を浮かべて、艶かしく開かれた鮮やかな紅に彩られた唇は屈辱に耐えているのか快楽に耐えているのか。がくぽのそんな扇情的な表情に無性に腹が立ったカイトは無意識のうちにがくぽの片頬を平手打ちする。ぱぁんと、乾いた音が部屋に響いた。
「そんな風にあんたは人を誘惑して…だから、マスターだって」
「カイト殿の言いたいことが分からん。何故こんな真似をするのだ」
 がくぽにはカイトの劣情は受け止められても加虐心は受け止められない。普段は穏やかで優しいカイトなのに、ごくたまにセックスのときだけこんな風にがくぽに対して暴力を振るう。暴力といっても先程のような平手打ち程度のものだが。
「俺がどれだけがくぽを好きなのか、きちんと身体で教えてあげるよ」
 そういうとカイトはがくぽのペニスに手を伸ばして陰茎を握るとそのまま上下に擦り上げる。驚いたがくぽが足を閉じようとしたが既にカイトの身体がそれを許さない様に割り込んでおり、がくぽに出来ることといったら浴衣の帯で縛り上げられた両手の爪を床に立て身を縮める様に怯えることしかなかった。
「床に直に爪を立てると剥がれちゃうよ。これにしがみついてな」
 ふわりとがくぽの頭上に、いつもカイトがしている青いマフラーが投げられた。悔しいけれど、今はこうするしかないとがくぽは遠慮なくカイトのマフラーにしがみつく。
「あっ…、かい、と…やめっ!」
 カイトががくぽのペニスの先端を口に含み、舌で鈴口辺りをぐりぐりと舐め回す。それは余りにも強い刺激でがくぽの縮こまった身体が一気に反り返る。もはや嬌声しか発しない口唇の端からは飲み込めない唾液が零れて、カイトは満足そうにそれを下から仰ぎ見る。口の中にあるがくぽのペニスには先走りの液体が溢れてきていて、絶頂に達するまでそう時間はかからないだろう。


 カイトはがくぽのペニスを解放すると、ぐいとがくぽの太ももを持ち上げて、いつも自分のペニスを打ち込む部分を明るい場所でがくぽにも見えるようにする。がくぽは反射的に目を逸らそうとしたが、カイトの一言で許されなかった。カイトはそこを舌と指を使ってぐちゅぐちゅとかき混ぜながらいやらしく問う。
「マスターとのセックスは俺とするより気持ち良かった?」
「う…あっ、そんなこと…分からぬっ」
「でもがくぽの身体を開発したのは俺だから、マスターとでも良かったならそれは俺のおかげだね」
 ぐりゅっとカイトの指ががくぽの弱い部分の肉壁を抉るように擦ると、がくぽが大きく悲鳴を上げる。普段は聴くことのない音域のその悲鳴は、聴く方にしたらたまらない快感だ。
「あっああ、カ、イト、どのっ!」
 先程カイトが弄んでやったがくぽのペニスが天を仰ぎ震えている。しかし、ここでイカせてしまうつもりなどないカイトは、がくぽのペニスの根元をぎゅっと掴んでしまう。
「やっ、うう」
 嫌々とがくぽが頭を振るうと、長い前髪がゆらゆらと動いて綺麗だった。放出を待ち望む熱量はがくぽの神経をじりじりと焦がす。
「イクのは俺と一緒にね」
 ちゅ、とがくぽの陰茎にキスをするとカイトは自分のペニスに手をやると、がくぽにもした様に陰茎を軽く扱く。早く早くと先の行為を待ち望むがくぽの姿を見れば十分な興奮材料になる。
 それほどの時間を要せずにカイトの準備が整うと、がくぽの中から指を引き抜き、代わりにカイトのペニスががくぽの中へと埋め込まれていく。よく慣らしたそこはそれほどがくぽに苦痛を与えずにカイトのものを飲み込んでいく。やがて律動運動が始まればそのリズムに合わせてがくぽ自身も腰を振ってカイトを悦ばせる。
「がくぽ、すごくやらしい…」
 積極的ながくぽの理由は分かっている。早く射精したい一心でこんなにも乱れているのだろう。カイトが戒めを解かなければがくぽは欲を外へ放つことは出来ないのだ。
「はあっ、あっ…カイト殿…早くっ」
「早く?」
 カイトの方にも余裕がなくなってくる。ただただこの快楽に溺れていたいと願う。もしかしたら、カイトとがくぽ2人とも同じことを考えているのかもしれない。
「早く…イかせてくだされ…っ!」
 あああっ、という甲高い嬌声が部屋に響くとがくぽはカイトの戒めから放たれて宙に欲を吐き出し、カイトはがくぽの中へ一滴も残さずに精液をたっぷりと注ぎ込んだ。



「カイト殿」
 全てが終わった後に床に寝転がるのも辛いので、足腰立たないがくぽをカイトがすぐ隣にあるベッドに乗せてやり、その勢いで自分もベッドにダイブする。懸命に呼吸を整えるがくぽがぽつりとカイトの名を呼んだ。
「…なに?」
「その…私は、カイト殿が好きじゃ。信じてはもらえないのだろうか」
 惚れた腫れたを殆ど口にしないがくぽからの突然の告白に、横で天井を見ていたカイトはがばっと上半身を起こしてがくぽに覆い被さる。いつもならこういう体勢になったところで目線を逸らすくせに、今回ばかりはがくぽはカイトの瞳を真面目に見つめていた。
「がくぽがそういうこと言うとは思ってなかった」
「何を白々しい。散々恥ずかしい台詞を私に言わせているくせに」
「やばい、すごく嬉しい!」
 ぎゅうとあらん限りの力でがくぽの身体を抱きしめるカイトの姿には、おそらく犬耳と千切れんばかりに振られている尻尾が見えるに違いない。がくぽは頬を紅潮させてカイトの擦り寄せてくる頬を押さえながら、まあ仲直りが出来たしこれで良かったのだと思うことにした。
「…狼というより、盛りのついた犬のようだな」
「そういうこと言うと2回戦始めちゃうよ?」
 …訂正、カイトは犬の皮を被った狼だ。



08/09/16

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