VOCALOID


それはきっと花の蜜のような





 カイトが買い物袋を抱えてるんるんと家に帰ってくる。
「今日は〜お手軽にっ!パスタだよ〜」
 なんて歌いながら。買い物は当番制になっているが、そこにマスターの文字はない。がくぽとカイトが献立を考えながら1日交代で食料を買う。ただし、ビールなどのマスターの嗜好品はマスターが自分のお気に入りのを自分の分だけ買うことになっている。がくぽもカイトも酒は飲めないことはないのだろうが、2人のマスターは飲酒させたことは一度もなかった。2人も今のところアルコールに興味はないが、がくぽはテレビで見る日本酒がちょっと気になっているようだった。
 家の鍵を開けて中に入り、ただいま、と声をかけようとしたが、目の前に見える光景にカイトは思わず無言になった。
 リビングのソファに身体を丸める様にしてがくぽが眠っていたからだ。長い薄紫色の髪の毛は絹の糸の様に入り込んでくる陽の光にきらきらと反射している。

(珍しいもの見ちゃったな)

 礼儀作法に煩いがくぽは、きっと誰も見ていない時でも常にどこか緊張感を持って、凛として背を伸ばしている。いつどのような時に誰に対しても正しく接する為に。カイトはがくぽと仲良くなるまでに随分と時間を食ったのだが、カイトは自分に対してそんなに緊張しなくてよいというのに対してがくぽが頑として距離を縮めようとはしてくれなかったのだ。
 けれど2人には歌うという共通項があって、そのおかげで少しずつ心の距離も縮めることが出来た。まあ、マスターのおかげなところも多分にあるのだが。
 そんながくぽが、カイトがいつ帰るとも分からない状況下の中で眠っているのだ。これはじっくり楽しんでおく他に手はないだろう。カイトは忍び足でキッチンへ行き食材を置いて、また忍び足でリビングのがくぽの元へと歩み寄る。しかしこう明るい中でじっくり見てみると、同じボーカロイドとして作られたとは思えない素材の違いを感じる。


 カイトが自分の容姿についてコンプレックスがあるという訳ではない。カイトは爽やかで明るさと親しみやすさが売りの好青年だ。しかしこの神威がくぽという人は(正しくは人ではないけれど)もっと中性的な容貌だ。カイトよりも低いアルトの声を艶っぽく響かせておきながら、穢れの知らない少女のような顔もする。そのアンバランスさがたまらなくカイトの劣情をそそるのだ。
 そうしてしばらくの間カイトはがくぽの寝顔を堪能していたが、残念ながらタイムリミットが来てしまった。誰かの気配を察したがくぽがゆっくりと瞳を開くのをスローモーションで見る。長い睫毛が影を落としていて綺麗だ。
「………カイ、と?」
 まだ起き抜けで意識がハッキリしていない状態らしく、自分の名を呼んだその言葉がひどく舌っ足らずで可愛らしい。カイトはにこりと笑ってがくぽの瞼にひとつキスを落とす。
眠り姫は目覚めてしまった。せめて王子様としてはキスのひとつくらいしても構わないだろう。
「がくぽが昼寝なんて珍しいね」
 もそりとソファから起き上がるがくぽをカイトは後ろから抱きしめてしまう。まだ血が回っていないのか、がくぽの身体はふにゃりと力が抜けていて、カイトの肩にことりとその頭を乗せる。こんな様子も珍しい。
「う…ん、すまない、もう平気だ」
 ちょっとの間視線が宙を泳いだと思うともう回復したようで、またいつもの様にがくぽは背筋を伸ばす。それでもカイトは知らぬ振りをして抱きしめる腕を解かなかったが、がくぽが力任せにもがいて抜け出してしまった。空を抱くカイトはがっかりした表情を浮かべる。
「がくぽはつれないんだから」
「カイトはこんな明るいうちから妙なことを考えているのか?」
「ちょっといちゃいちゃするくらいいいじゃないかー」
 カイトが子どもが駄々をこねる様に少しだけ暴れてみせると、がくぽははぁ、とため息をついた。するとそこへ救世主が帰宅した。2人のマスターだ。
「マスター、お帰りなさいませ」
 ぱぁっと花が綻ぶような笑顔をがくぽはマスターに向けてその元へすすっと寄っていく。
「がくぽ、ただいま。カイトは何してるんだ?」
 マスターは出迎えるがくぽの頭を撫でて、カイトの姿を探すと何やら不思議な向きでソファに座っているカイトを見つけた。
「さあ…」
 何も知らないという顔を作ってマスターと話しているがくぽを後ろから眺めながらカイトは立ち上がりマスターに「お帰りなさい」と挨拶をすると、夕食の支度に取りかかる為にキッチンへ入っていった。


 献立は予定通りに茄子とミートソースのパスタにコーンポタージュスープが出来上がった。出来合いのものを使うことが殆どなので時間はそれほどかからないでダイニングテーブルに運ばれた。買い物は当番制だが、こういった家事はカイトの方がすんなりと覚えたので主にカイト、時々がくぽの割合になっている。
「なんでカイトの方が手が器用なんだろうな」
 マスターは早速スープを一口飲んで不思議そうに呟く。
「でもがくぽの方が覚えは早いみたいですよ」
「お、そうなんだ」
 確かにカイトの方が、先にこういう生活をしていた経験値もあったし今だからこんな風に作れるけれど、カイトだって料理を覚えたての頃はそりゃあ悪戦苦闘したものだ。マスターが全く家事に疎い為にやらざるを得ないのだが、少しはマスターも協力して欲しいと思う。がくぽは教えれば飲み込みが早いので、そう遠くない時期に家事を半々に出来るだろうとカイトは見込んでいる。
「わ…私が作る料理はそんなに不味いのですか?マスター」
「あー、不味いとかじゃなくて。そういえばお前和食専門だよな」
「お気に召しませぬか?」
 マスターに向けられたがくぽの目がうるうると涙で滲んでいる。そんな捨てられた子犬のような顔をしなくても、マスターはがくぽを泣かせるような発言はしないよ、とカイトが心の中で毒づいた。
 食事が終わって片付けに入る。これは2人で出来ることだから2人でやる。カイトが洗った食器をがくぽがふきんで拭いていたのだが、食事中の会話が後を引いているのかがくぽは明らかにちょっと元気がない。
「…がくぽ、やる気ないなら俺だけでやるから部屋行けば」
 わざときつめにカイトがそう言うと、がくぽはふるふると頭を横に振る。自分は大丈夫だ、とそう言うのだ。

(ああ、イライラする)

 まるで初めて恋を知った少女の様な、マスターのたったひと言で一喜一憂しているがくぽを見ていたくないのだ。
 カイトの心の奥のどす黒い渦がぐるぐると廻り始める。



 全て洗い終えてがくぽが手にしていた最後の皿を食器立てに置くと、カイトはぐいとその手首をひねり上げてキッチンの奥の壁にがくぽの身体を押し付けて、驚くがくぽをよそに強引に口唇を重ねた。がくぽの口唇がカイトから逃れようとしてもカイトは決してそれを許さない。
「ん…んん!」
 次第に深まる口付けはがくぽからカイトへ抵抗の勢いを消していく。がくぽの腕から力が抜けて、カイトはがくぽの手首から手を離すとするりとがくぽの細い身体を抱き込む。
「…カイト、したいのか?」
 しっとりと互いの唾液でまみれた紅を引いた口唇が動く。
「うん、今すぐにここでがくぽを抱きたい」
 がくぽの耳朶を甘噛みしながらカイトが囁く。不思議だ、とがくぽは思う。こんな風にカイトに言われてしまうと身体の中で何かスイッチが入ったような感覚に陥り、身体の芯が疼き始めてほんのりと体温が高くなり、カイトが自分に何を求めようとそれを拒もうとは思わなくなる。
「後ろ向いて、壁に手をついてて」
 カイトの優しくて残酷な声が耳元で響く。がくぽが言われるままの体勢をとると、カイトの手が器用にがくぽの服の中へと侵入してくる。胸の飾りを指で弄られ、そのまま脇腹をなぞる様に下へ下へとカイトの手ががくぽの身体を滑り落ちて、腰から下が外気に晒される。
「あっ…!」
「平気だから」
 つぷ、とがくぽの窪みの中へとカイトの左手の親指の先が入る。右手の方はほんの少しだけ勃ち上がるがくぽの陰茎を握りしめて強弱を付けながら扱いてやる。快感に敏感ながくぽの性器はカイトの手淫によってあっという間に天を仰ぐ様にそそり立つ。先端からは先走りの液体が零れて、カイトが親指で先端の窪みを押すと、ぐちゅ、という水音を立てた。
「ふ…あぁ…っ」
「がくぽって弱いところ多いよね…楽しいよ」
 反ったがくぽの喉元にカイトが噛みつく。まるで吸血鬼が処女の血を吸うときの様に。がくぽの先走りの液体を潤滑油代わりにしてカイトはがくぽの中へと差し込んだ指を入れ替える。初めのうちは異物の侵入を拒むそこはゆっくりじっくりと解されて、次第にカイトの指を飲み込んでいく。カイトが悪戯に指を動かせばがくぽの口から苦しげな呼吸とともに嬌声も漏れてくる。近い距離で艶かしげなその歌を聴けばカイトの欲望も一層膨れ上がり、早く彼とひとつになりたいと身体が先に動く。


 がくぽの身体の中で遊ばせていた指を引き抜くと、カイトは勢いよく自分のモノを滑り込ませる。ずふずぶと最奥まで進んでしまえば、がくぽの肉襞がカイトを強く締め付けて放さない。
「あっ!あ、や…うぅ」
「がくぽの中気持ちいい…!」
 ギリギリまで引いて、一気にがくぽの身体の奥に一気に押し込む。これを何度も繰り返し繰り返し、2人がその身の熱を放出するまでそれは続いた。目の眩むような快楽の波が何度も押し寄せてきて、がくぽは溺れているかの様に酸素を求めながら小さな悲鳴に近い高音を上げる。
「あ、カイトぉ…!カイトっ…ぅあ…!」
「がく、ぽっ…!」
 カイトが美しく甘い声で自分の名を呼ぶのを聞きながら、がくぽは果てる。同時に、自分の身体の中にカイトの熱が注ぎ込まれたのが分かった。
 何とか意識を留めたカイトはがくぽを抱きしめながらしばらく余韻に浸っていたが、キッチンの壁にかけられている時計で時間を確認すると、そろそろマスターがビールを取りにキッチンへやってくる時間だったのでそそくさと身なりを整えてがくぽをお姫様抱っこしてがくぽの部屋のベッドに彼を放り投げると、がくぽはその衝撃のおかけで気がついたようだった。


 カイトはとりあえず爽やかスマイルを作ってがくぽに手を振る。
「ごめん、キツかった?」
 カイトはいつも多少乱暴なことはするが、立って後ろからなんて体勢はがくぽにとって今日が初めての体験だった。しかも場所はキッチン。今時新婚カップルでもしないだろう。
「それは…まあ…だが…」
 がくぽがもじもじして髪の毛の先を指で弄んでいる。照れているのだとカイトにはよく分かった。これは照れたり恥ずかしいときのがくぽの癖らしい。長髪ならではの仕草だ。しかし、その動作をマスターに対して使っているところは見たことがない。がくぽはマスターに対しては楚々として振る舞いたいのだ。だからこの癖はカイトしか知らない。
「あ、明日は私が食事を作る日だな…なんか…思い出しそうだ」
 そう言ってがくぽは顔を赤らめる。この人思案に暮れた挙げ句固まってしまいそうだな、とカイトは思った。
「代わる」
「あ、いや、しかしカイト、一度決めたことは…」
「いい、ちゃんとしたご飯食べたいし」
 がくぽは申し訳なさそうに「…すまぬ」と呟いた。別にこんなことは何でもない。


 がくぽの味を知っているのは俺だけだから、それでいいんだ。



08/09/27

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