VOCALOID


LUNACY





 月が満ちてとても美しい夜だった。
 眠ってしまうのがもったいなくて、がくぽは寝室の出窓部分に腰掛けガラスを通してその月を眺めていた。雲も適度に散っていて、それは絵画や写真で見るような風景。煌々と月明かりが窓から入り込んで照明などなくてもがくぽの全てを照らし出している。一応がくぽの枕元には和風のデザインの間接照明が置いてあるのだがそれは今はお役御免だ。
 カチャリ、とドアノブを回す音がして扉が開いた。がくぽは月から音のする方へと目を移すと、青い髪の青年が部屋へこっそりと入ってくるところだった。青年が扉をそっと閉めると、ふぅと長い息を吐きながら中へ歩みを進める。青年が部屋の様子を見遣ると、薄紫の長い髪の毛がきらきらと月明かりに照らされて光り輝いているのが目に入った。
「まだ起きてたの?もう遅いよ」
 ははっ、と青い髪の青年が笑う。上着を脱ぎベッドの上に放り投げると自身もベッドに腰掛けた。この部屋にはベッドが2つ並んでおいてあり、2人の成人男性ボーカロイドが寝起きを共にしていた。
「月が余りに綺麗だから、眺めていた」
 がくぽは青年からまた満月の空へと視線を移す。がくぽはここでは2人目のボーカロイド。開発されてそれほど時間が経っていないのでまだ普及率は低い。面白いもの&新しいもの好きなマスターが発売前にネットで公開されていたがくぽの歌声に魅せられて、フライングゲットまでしたのである。
「すごいね、電気付けてないのに部屋の中が明るい」
 がくぽに寄り添う様にして空を覗き込む青年──カイトはこの家で1人目のボーカロイドである。カイトがこの家に来た当時にはもう別のボーカロイドが発売されていたのだが、マスターはカイトの爽やかな歌声に興味を持って彼を迎えることにした。カイトはがくぽよりもひとつ前のシステムを持つボーカロイドで、綺麗に歌わせる様にするには知識と技能が必要とされたがそこはマスターの努力と根性で調整を繰り返し、今では割と何でもこなせる万能タイプになりつつあった。


 カイトは先程までマスターと共に歌録りの作業をしていたが、なかなか上手くいかずにこんな時間まで手こずってしまった。時間はもう丑三つ時である。いつもは日付が変わる辺りで眠気を訴えているがくぽがこんな時間まで起きているとは思いもよらなかった。
 カイトは月明かりに照らされるがくぽをまじまじと見つめる。がくぽの色素の薄い肌と薄紫色の腰まである絹糸のような髪の毛はその光を浴びてきらきらと輝いている。月を見つめる碧い瞳はビクスドールが持つグラスアイのよう。つくづく絵になる人だ、とカイトは感嘆する。
「がくぽ」
 彼の名前を呼んで、細い肩にそっと手をかける。カイトの体温が伝わると、がくぽは視線をカイトに戻した。少しだけ首を傾げ、カイトにどうしたのかと無言で答える。緩やかにカーブを描かれた口唇は濡れた様な艶やかさを持って、カイトの劣情をくすぐった。
 何も言わずにカイトはそのままがくぽの口唇にそっと自分の口唇を重ねる。はじめは啄む様に触れるだけ、そしてがくぽの反応をちらりと見るとがくぽの閉じられた瞼から長い睫毛が美しい流線型を描いていた。カイトはそのまま長く深く接吻を続ける。がくぽの薄く開かれた口唇の隙間から下を中に滑らせて、がくぽの舌を絡めとる様にすれば、がくぽもカイトを求める様にそれに応える。
「ん…っ」
 つとがくぽの口端から口の中で混ざり合った2人の唾液が零れるとともに色づいた吐息も漏れ落ちて、カイトの鼓膜に響き理性をとろりと溶かしていく。どちらともなく口唇を離し、言葉を交わすこともなくただ見つめ合って目だけで会話をする。カイトはがくぽを求めて、がくぽはカイトを求めて。
 カイトはがくぽの手首を掴んでぐいと自分の身体に引き寄せる。ふらりと揺れたがくぽの身体をしっかりと抱きとめ、そのままそばにあるがくぽのベッドへとそっと押し倒した。几帳面ながくぽなだけあって、ベッドのシーツはぴんと張られていて皺がない。そこにがくぽの身体を降ろすと、がくぽの長い髪が美しく白いシーツに広がる。がくぽの部屋着である浴衣の帯を紐解いて一気に見頃を剥いでしまうと、カイトも自分の衣服を素早く脱ぎやや距離を置いてある自分のベッドに投げ捨て2人の肌と肌を重ね合わせた。
「今日のがくぽは割に積極的じゃない?」
 くすりとカイトががくぽの耳元で笑う。がくぽは窓の外に視線を投げるとぽつりと呟いた。

「満月は心を狂わせるというからな」

「いいね。狂ったがくぽを俺だけに見せて」

 そう言うとカイトはがくぽの耳朶を甘噛みし、口唇を首筋に這わせる。ざらりとした舌触りががくぽに弱く甘い痺れをもたらすと、カイトは浮き出たがくぽの鎖骨に沿って舌をチロリと這わせてかぷりと噛みつくように歯を立てた。赤い噛み痕ががくぽの白い肌に浮き出る。
「痛っ…私は食べ物ではないぞ」
 がくぽの胸元に口付けてはきつく吸い付いて鬱血して出来た赤い華を咲かせながらカイトは可笑しそうに笑った。
「こんなに美味しいものは他にないよ」
 ほら、と言いながらカイトはがくぽの胸の飾りを舌先でころころと舐め回す。ちゅっちゅっと吸い付いてやればそこはぷっくりと膨らんで色づいた。口で愛撫を施せない方の飾りは人差し指と親指の腹で擦りながらきゅっと摘まみ上げる。
「あっ…あ、う…」
 あんなにも綺麗に整えてあったシーツをぎゅっと掴んで、がくぽはカイトが与えてくれる快楽に身を委ねる。反った喉から上擦った喘ぎ声が溢れて部屋に響くと、その音をカイトは心地良さそうに聞き取る。もっともっと乱れたがくぽの嬌声が聞きたくて、カイトはそっと両の手でがくぽ自身をやんわりと包み込んだ。びくり、とがくぽの肩が跳ね上がる。
「ちょっと勃ってる。本当にがくぽは敏感だね」
 先端の窪みにちゅ、と口付けを落としてやると、がくぽは上半身を少しだけ起こして、顔を真っ赤に染め眉根を切なげに寄せてカイトと自分のペニスを見つめる。カイトに丁寧に愛撫されているところを見るのはカイトにそう調教されたことだった。カイトはその言いつけをがくぽが守っているところを満足げに見ると、ゆっくりと手を動かし始める。初めは竿を扱きだんだんと固く勃ち上がってくると、がくぽによく見える様にわざと舌を出してカリの部分や裏筋を舐め、鈴口をぐりっと親指で潰して強い刺激を与える。
「うあぁっ…やっ…あ!」
 背筋を通り脳天へと抜ける電撃のような刺激にがくぽの口唇から漏れるのはもはや淫らな嬌声だけで、言葉を紡ぎたくともうまく口を動かせない。見せつけられるものの淫猥さにがくぽは思わず目を逸らそうとするとカイトの声が強くそれを制する。
「がくぽ、こっちを見なさい」
「…は、い…」
 涙で潤んだ瞳でがくぽはカイトの言う通りに視線を戻した。
 優しい声色で強い命令口調のカイトはいつも残酷で容赦がなくて、がくぽは抗えない。それはカイトがじわじわと真綿で首を絞める様にがくぽの身体を支配していった証だ。
 がくぽのペニスは充分に勃ち上がり、先端から先走りの液体をてらてらと零している。其れは熱の塊を抱えて、放出するときを待ち望んでいるが、そうなるにはまだ今少し刺激が足りない。

 早く、イかせて欲しい…。

 普段ツンと澄ましているがくぽがこんな風に淫微に欲望に悶える姿を見るのはカイトにとって堪らなく愛おしく愉快であり快感だ。今だって自分の手の中で膨張し震えているがくぽのペニスを自分で見つめて、カイトに物欲しそうな表情を作って向けている。本人は気付いていないとは思うが。
「カイト…」
 その可憐な口唇からは盛りのついた雌猫のような甘く切ない声を出してカイトを誘う。
「おねだりの仕方は教えたでしょ?」
 カイトが意地悪くにやりと笑うと、がくぽは溜めた涙を一粒シーツに落として、ゆるゆると身体を起こして身体の体勢を変える。ベッドに座ったカイトの膝の間を割って身体を滑らせると、カイトの肌に少し口唇で触れ、顔をカイトの股間に埋めて勃ち上がり始めていたカイトのペニスをそっと掴んだ。がくぽは今までのカイトとの性交の経験から彼の好む愛撫を拙いながら丹念に施してみせる。竿を扱きながら玉を口に含み舌で転がし、そのまま下から竿を舐め上げて先端を口に含んで頭を動かし喉の奥までカイトのペニスを咥え込む。上下に何往復かすると、カイトのペニスから自分のと同じ様に粘り気のある液体が溢れ出てきて、それの苦みががくぽの口腔内に広がる。
 カイトががくぽの髪の毛を一房掴んで切れたりしない様に注意を払いながらつんと上に引っ張ってやると、がくぽはそれにつられてカイトのペニスから口を離してカイトと視線を合わせた。
「上手く出来たね。さて、お望みは?」
「…カイトの、好きな様に」
 そうがくぽが答えると、カイトは対面座位をとる様に指示する。そろそろとがくぽは身体を起こしてカイトの膝の上に座る様にすると、カイトはがくぽの腰を掴んで一旦止めさせ、がくぽの秘孔に自分のペニスから溢れている先走りの液体を絡ませた指を這わせた。
 つぷ、と人差し指をの頭を入れて入り口を広げる様に動かすと、目の前のがくぽの身体がびくんと跳ねてカイトの肩を掴むがくぽの指先に力が入るのが分かった。天井を仰ぎ見る様に反り返ったがくぽの喉元にカイトは口唇を寄せて吸い付く。指の本数を増やしてがくぽの中でバラバラに動かしてなるべく挿入をスムーズにするべく奥を広げていく。ずくっ、とがくぽの弱いところに指が当たるとそれまでよりも一段高い音階でがくぽの口から悲鳴のような声が発せられる。それはカイトの嗜虐心を煽り、おもちゃで遊ぶみたいに何度もそこを指で擦り上げた。
「あっ、あ、やぁ!だめっ」
「このまま指でイっちゃう?」
 がくぽは長い髪を振り乱してふるふると首を横に振る。指では足りない、がくぽが欲しいものはそれではない。
「嫌ぁ…カイトの…カイトのが中に欲しい…」
 がくぽは腰をユラユラと動かしてカイトの胸板に自分のペニスの先端を擦り付ける。こんなに淫らに腰を振って甘やかな声でねだられて答えられないのは男ではない。カイトは自分好みに仕上がっていくがくぽの様子にうっとりとしながら、がくぽに腰をゆっくり降ろさせて自分のペニスをがくぽの中へと埋めていく。熱い塊が身体を貫く快感にがくぽの身体はうち震え悦ぶ。
「はっあ、んんっ!」
 全部すっかり収めてしまうと、カイトは下から突き上げる様にがくぽの身体を揺らし始める。最奥の壁にカイトのペニスが強く当たって、がくぽの理性も何もかもをぶち壊していく。カイトが律動を止めずにがくぽの口唇を奪えば、がくぽの方からカイトを求める様に舌を絡めてくる。月明かりに満たされた部屋は、粘液が混ざり合う卑猥な水音とぶつかり合う皮膚の音、そしてがくぽが喉を絞り出して出しているような掠れた嬌声が響き合う。
「ん…くぅ、カイトぉ」
 限界が近いのだろう、先程からがくぽの中の襞はカイトのペニスをきゅうきゅうに締め付けている。おかげでカイトの方も絶頂に近い。
「がくぽ…!」
 カイトは愛しい人の名前を呼ぶとひと際大きく腰を動かして、がくぽの中に欲望の熱を吐き出す。がくぽの身体もがくがくと震えると待ち望んでいた絶頂を迎え、吐精した。



 いつもより激しい性行為の後、ぐったりと寝込んでしまったがくぽにシーツをかけてやって、カイトはいつも寝るときの格好になって窓の外を見上げた。時間が経ってだいぶ傾いてしまったが、いまだ煌々とその光を世界に溢れさせている。暗闇に明かりをもたらす月はまるでがくぽのようだとカイトは思った。



08/10/15

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