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静かな不条理





 がくぽの瞳は黒い布で覆われているせいで何も映し出すことはなかった。腕は後ろ手に縄で縛られてしまっていて身体の自由は奪われている。唯一自分の意志で動かせる部位は両足だけだが、がっちりと掴まれていてそれも叶わない。スリープモードから起こされてみればすでにこのような状態に陥っていた。一体誰がこんな悪趣味なことをするのか──そんなことを考えていたら、犯人が親切にも声をかけてきた。
「がくぽやっと起きた?今の気分はどう?」
「……最悪」
「あはははは!この状態が最高なんて答えるのはよっぽどのマゾくらいなもんだよね」
 声の主、カイトは高らかな声で笑う。
 カイトという青年の性格は基本的には温厚。がくぽよりもかなり早く製造・流通された彼は人間との生活にも慣れていてこの家の日常生活における様々なことを一手に引き受けていた。マスターからの信頼も厚く、新参者であるがくぽとしてはそんなカイトを羨ましいとも思い、ある種尊敬もしている。
 そんなカイトなのだが、マスターががくぽをこの家に迎えてから少しだけ変わった部分があった。変わったというのは少しだけ違うかもしれない。カイトの心の一番奥底で眠っていたどす黒い劣情の塊が、がくぽという対象を得て時たま表に出てくる様になった。
 がくぽは成人男性型ボーカロイドではあるがその見た目は秀麗で、硝子で出来ているかの様に透明で美しい碧色の瞳に白磁のような白い肌、淡い桜色に縁取られた口唇。彼の腰まである薄紫色の髪の毛は決して絡まることのないであろう絹の糸のような細さで、ふわりふわりとがくぽが動く度に揺れる空気に優雅になびかせている。顔だけとってもこれだけの特徴があるのに、がくぽの身体はカイトに比べると随分と細身ですらりとしている。それなのに決して骨っぽさを感じさせないように滑らかに作られた曲線を持つ身体は中性的な色香を放つ。そんながくぽが自分を先輩として可愛らしく慕ってくれているとくれば、カイトの押さえられてきた感情を解き放つには十分な理由だった。


 初めて身体を繋げたのはがくぽがこの家に来てから2週間ほど経った頃で、その時はがくぽは自分が何をされるのかも分からずにただ優しく丁寧に自分を抱くカイトにされるがままだった。その行為の意味すら分かっていなかったのだ。その後誰もいない時にマスターのパソコンを使って調べてみれば本来は思い合っている2人が行うことで、思い合うというのは恋愛感情というものだということを知る。その夜にカイトが忍んで自分の寝室に入ってきた時にそのことを話してみれば、カイトは少し苛ついたような表情をして「がくぽは黙って俺の言う通りにしていたらいい」と納得しないがくぽを力で押さえつけて行為に及んだ。カイトががくぽに対して軽い暴力を振るう様になったのも丁度その時からだった。
 がくぽがいくら抗っても結局はカイトの思うままになってしまう、そんな状態はカイトの征服欲を満たしがくぽが涙を流してみせれば嗜虐心がさらに加速していく。ならばいっそただの人形の様に振る舞えばとがくぽが策を練ってみてもカイトの方が一枚上手のようで、それまでの行為で自らが開発してきたがくぽの身体から上手い具合に快感を引き出し結局それに耐えることは出来ずにがくぽはカイトの手によって絶頂に昇り詰め果ててしまうという結果で終わってしまった。


 がくぽがそんな過去の様々なことを思い出しながらぼーっとしていると、カイトの手が頬に触れる感触がしてすぐに口唇が塞がれる。何度も角度を変えて繰り返される口付けは徐々に激しさを増していき、カイトの舌ががくぽの口腔内に潜り込もうとがくぽの口唇を強い力で舐めるとがくぽは薄く口唇に隙間を作る。酸素を取り込むと同時にカイトの舌がまるで触手の様にぬるりとがくぽの口腔内に入り込んでくる。そのままカイトの舌ががくぽの舌を絡めとりながら強く吸うと、がくぽの口端からは2人の唾液が混ざり合ったものがつうっと溢れ出た。
「ふっ…うぁ」
 がくぽの口からため息のような声が漏れるとカイトはがくぽの口唇を開放し、視界を奪われた恐怖に震え戦いているがくぽの様子をうっとりと眺める。どの感覚を奪っても恐怖は湧くものだが、一番怖いのは視覚である。相手の顔も部屋の様子も自分の姿さえ分からずにただ己に降り掛かるものを待たねばならない。
 カイトはがくぽの左耳朶を甘噛みすると、口唇の位置を白い首筋に移してその肌に強く吸い付く。するとそこには美しい小さな紅い華が咲く。吸い付かれる度に強い痺れががくぽの背筋を伝い、びくりと身体が上下する、その反応を楽しみながらカイトはがくぽの鎖骨や胸元に好きなだけ紅い華を咲かせいてく。がくぽはマスターの前では首元から全身を覆う不思議なインナーを着込む為にどこに華を咲かせようと日常でマスターに知られることはない。それをカイトは逆に利用しているのだ。
「ん、んぅっ…あ」
 背中の後ろで縛られている両手は指先だけなら自由に動くので、がくぽは何とか身体の下のベッドのシーツを掴みカイトの悪戯に耐えようとする。カイトがつんと立ち上がっているがくぽの胸の飾りをころころと舌先で転がす様に舐めてやると、がくぽの身体は大きく跳ね上がった。
「やっ…あ、くぅ」
 身体は刺激に敏感でこんなに素直に反応を示しているというのに、がくぽの理性でそれを良しとしない。そんな感情のせめぎ合いがカイトには手にとる様に分かる。愉快でたまらない。素直に受け入れてしまえばもっともっと気持ちいいのに。カイトは笑みを浮かべながらその舌は腹筋を通りすぎてがくぽの下腹部へと到達する。ここを弄んでやればがくぽの理性など塵の様に砕かれてしまうことをカイトはよく分かっている。少しだけ勃ち上がっていたソレの竿部分を玉の方から先端へと舌で舐め上げれば、がくぽはそれまでとは全く違う色のついた声で啼いた。きっと誰も知らないがくぽの美しい高音。その音の心地好さに酔いながらカイトはがくぽのモノへの愛撫を更に進める。先端を口に含んでカリ部分や鈴口を舌でぐりぐりと刺激してやると、がくぽのモノが硬くなり容積を増していく。そして先端からはぬるりとした液体が零れ出し、カイトはそれの味でも確かめるかの様に舌先でぺろりと舐めとってやると、がくぽのモノから口を離した。中途半端に投げ出されてしまったソレは更なる刺激を求めていたが、がくぽが自分で触れることが出来ないのでどうすることも出来ない。

 ああ、このままでは自分は壊れてしまう。また淫らにカイトを求めてしまう。与えられる強い刺激に耐えるうちに溢れてきた涙は目尻に溜まって目隠しの布に吸収されてじんわりとしたシミを作る。カイトが目敏くそれに気付くと、ひどく優しい声でがくぽの耳元で囁く。
「目隠し取ってあげようか…がくぽの表情がよく分からないのも俺としては物足りないしね」
 その言葉が紡がれた刹那、がくぽの視界は真っ黒な布の色ではなくていつも見る天井の白に支配された。ただ、涙でぼやけていてクリアではないけれども。
「泣いてたの?そんなに怖かった?」
 カイトががくぽの長い睫毛に乗っている涙を飲み込む様に口付けを落とす。
「分かっていてしたのだろう?さぞ楽しかったことであろうな」
「俺は目隠しなんてしたことないから分からないよ。でもがくぽにはよく似合っていたよ」
 がくぽが悔しげにぎりっとカイトを睨みつけると、優しい笑顔のままでカイトの平手打ちがひゅんとがくぽの頬に飛ぶ。ぱしんと皮膚がぶつかり合う乾いた音がして、がくぽの頬は痛みで熱を持つ。
「怖い顔してたらその綺麗な顔が台無しだよー?」
 がくぽは頬の痛みで涙を一粒落としたあと、何もなかった様にがくぽは僅かに笑ってみせる。これ以上カイトを焚き付けるのは危険だ。言うことを聞いていればカイトはがくぽを優しく愛おしく扱ってくれるのだから。
「そう、いい子だね」
 カイトはそのがくぽの様子に満足したようで、自分の身体をずずっとまたがくぽの下半身に戻すとがくぽの後ろの孔に舌先をつぷりと差し込んだ。
「あ!ああっ…」
 そのまま丹念に入り口を広げて挿入がスムーズにいく様に唾液をたっぷりと擦り込ませながらがくぽの身体の奥へとカイトの舌が進んでいく。ぐちゅりと舌先で内側からがくぽの前立腺を刺激してやれば、がくぽは腰を浮かせて背中を反らせる。喉の奥から引きつるような悲鳴に近い声が部屋の中に響いた。こうなってしまえばもうカイトの手の中に堕ちたも同然、がくぽの中から舌を抜き出すとカイトは既に天井を仰ぐ様に勃ち上がっている自分のモノをがくぽの孔の入り口に宛てがい先端を軽く擦り付ける。
「あっあっ、カイト…」
「がくぽ、これ欲しい?」
 すぐに挿入されないカイトのモノにがくぽが焦れたような声を出すと、カイトはわざとこう切り返してくる。言わせたいのだ。がくぽのその可憐な口唇からカイトの劣情にまみれたモノをがくぽが望んでいると。それは真っ白なキャンバスを様々な色で汚したくなる感情によく似ていると思う。
「う…あぁ、カイトの…早くっ入れて…!」
 その言葉とゆらゆらとカイトを誘う様に揺れる腰つきに満たされたカイトは一息にがくぽを自分のモノで貫いた。がくんとがくぽの身体がしなり、艶やかな嬌声がカイトの鼓膜を刺激する。放置されて熱を失っていたがくぽ自身も挿入の刺激によってまた再び勃ち上がり、先端から溢れ出る透明な液体は自身を伝い流れて挿入部分まで濡らす。それは良い潤滑油となってカイトによる律動が激しくなっていってもがくぽに痛みを与えることがなく、ただただ快感を追うことに集中出来た。
「あ、ん…はっ、あ、ああっ!」
 がくぽの身体の奥にある壁にカイトのモノが当たる度にがくぽの内襞はカイトのモノをきゅうきゅうと締め付ける。その気持ち良さは他の何物にも代えられない。初めの頃はがくぽはあまり反応を示さなかったのだが、こうして繰り返していく度にがくぽはどんどん自分の好みの色に染まっていく。それがカイトにとってどれ程の喜びであるか、きっとがくぽにもマスターにも分からないだろう。
 締め付けがそれまでよりぐっと強くなり、がくぽの姿を見てみればどうやら限界か近いようだ。白い肌は桜色に染まり熱を持って火照り快楽に震え、切なげに眉根を寄せてただ一点を見つめて喘いでいる。
「か、イト…カイト、もうっ…」
 自分の名を呼び続け絶頂を待ち望むがくぽの姿はカイトを更に欲情させるものとなる。絶頂へと導いて欲しいのならその願いを叶えよう、カイトはがくぽの身体により強く腰を打ち付けるとがくぽは身体をふるふると痙攣させて自身から白濁した精液を宙へ飛ばした。その身体の痙攣によってカイトを締め付ける内襞も震えカイトのモノを強く強く刺激して、カイト自身もがくぽの身体の中に熱くてねっとりとした精液を注ぎ込む。
 
 どれだけ君のことを愛しているよと言ってももう遅いのだろう。
 こんな歪んだ形で君の全てを奪い尽くす自分を君が心の底から許す日はきっとこない。

 ぽとりと、カイトの蒼の瞳からがくぽの下腹部へと涙が一粒零れ落ちる。それは間接照明の光に照らされてきらりと水晶の様に光を放った。



08/11/05

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