朝から雨がさらさらと降っていた。 どうやら昨夜から感じた肌寒さはこの雨のせいらしい。あまり湿度を感じないのは不思議なことだが。 (もうちょっと寝ていよう…) マスターは布団を被りなおし、隣で眠るがくぽを自分の懐に納め、優しく抱きしめて瞳を閉じた。 夏の間はエアコン目当てでこのマスターの部屋に居座っていたがくぽだったが、寒くなってきたらきたで湯たんぽ代わりにこうして互いの体温で暖め合いながら眠るのも悪くはない。 がくぽの体温、というのは基本的に一定に保たれている。人と同じ様に作られたアンドロイドであるから一応皮膚感覚としての暑さ寒さも感じるけれど、真夏の夜に「暑い」と言ってきたのは、パソコンのハードディスクが熱暴走をしていたようなものだ。 「…マスター?」 「あれ、起こしちゃった?」 がくぽがむにゃむにゃと目覚めたての瞳を右手で擦っている。 「雨の匂いがするのじゃ」 「ああ、降ってるよ、雨」 がくぽは少し身体を起こして、カーテンを少しずらして窓から曇天の空と降り続く雨を見た。そのままベッドから抜け出てしまうかと思っていたが、カーテンを元に戻してからがくぽは再びマスターの腕の中へ帰ってきた。 「珍しいこともあるもんだ」 戻ってきたがくぽの頭をよしよしと撫でながらマスターはがくぽの額にキスをする。 「ん…雨の音を聞きながら眠るのは心地よいものだ」 「分かるなー、何でだろうな」 「マスターにも風流というものが分かるのか。それこそ珍しい」 がくぽはふふふ、と優雅に笑っている。 マスターはたまに見せるがくぽの大人の部分にどきりとする。 出会った頃は見た目こそ風雅ながくぽだったが、頭の中はまるっきり何も知らない子どもだったので、マスターはVOCALOIDとしての調教と同時に人として(?)の躾もしてきたようなものだったのだが、最近のがくぽは時折びっくりするほど大人の顔を見せるようになった。 「…お前が俺を見限ることもあるのかな」 システム上それは出来ない。マスター自身ががくぽのロックを外さない限りは。VOCALOIDはマスターを自分で選ぶことは出来ないのだ。 「マスターはおかしなことを申すな。私とってマスターはマスターだけだ」 今度はがくぽがマスターを安心させる様にぎゅっと抱きつく。寂しいときや悲しいときは人肌が恋しくなるものだとがくぽはこのマスターから学んだ。 「はは、まあ俺も何があろうとお前を手放す気なんてないしな」 マスターは少し元気を取り戻したようだ。 雨は風流、けれど少しだけ憂鬱も混じっている。 人が雨を見て憂えるのはそんな不思議な雨の魔法のせいなのだろうか。 |