マスターが風邪で寝込んでしまった。ここのところの無理が祟ったかの様に、それはもう大変な状態で。トイレに行く以外は起き上がることが出来なくなってしまった。体温計のデジタル文字は「38.5℃」と表示されている。 「マスター、死なないで下され」 めそめそと涙を浮かべるがくぽが枕元で額のタオルを取り替えてくれる。とても冷たくて気持ちがいい。 「おまー…風邪くらいで人を殺すな…」 マスターから出る声は病人らしく少し弱々しい。 「風邪薬あったっけ。がくぽ、救急箱ぉ…」 「はいっ、ここに!風邪薬でござるな?」 がくぽが救急箱の中を漁ると、飲みかけの風邪薬が一瓶見つかった。20錠ほど中に入っていたので、とりあえず今回は乗り切れるだろう。 「薬飲むには、飯食わないと。…お粥だな」 むくりと食事の用意をしようと起き上がってみたマスターだったが、眩暈がしてベッドから降りることが出来なかった。慌ててがくぽが支えてまたマスターをベッドに寝かせて、突然宣言した。 「マスター、私がお粥を作るぞ!」 米を研がせた程度のことしかしたことのないがくぽにそれは可能なのか。マスターは不安になったが、がくぽは息巻いてマスターの部屋から出ていってしまった。作り方も聞かずに。 がくぽは台所に立つとまず器になる土鍋を探してみたが、あいにく季節柄使わないものだから、恐ろしく取りにくい場所にあった。しかもマスター一人分のお粥を作るにはとても大きく、断念して普通の手頃な鍋を使うことにした。 「次は米だな。えーと…あそこじゃ」 いそいそとボウルを持って米びつから2合分の米を取り、米を研ぐ。ここまではマスターと一緒にやったことがあるが、がくぽがここから先を一人でやるのは初めてだ。 「水を入れて、米を入れて…弱火、弱火」 大体の目分量で鍋の中に水を入れてそこに米を入れ、鍋に蓋をしてガスコンロの火を調整する。がくぽは恐る恐るちょっとずつ火の調節をして、あとはコトコト煮込むだけ。鍋が吹くと危ないので、がくほはじーっと鍋から目を離さなかった。 しばらくして、がくぽがお盆にお椀に盛ったお粥と塩、それに水を乗せてマスターの部屋に戻ってきた。 「お待たせしたでござるマスター。お粥が出来たぞ」 熱のせいでぼんやりウトウトしていたマスターはがくぽの登場にびっくりしてその勢いでがばりと起き上がった。 「がくぽ、お前お粥なんて作れたのか」 ミニテーブルを動かしてベッドに横付けさせて、その上にがくぽはお盆を置く。マスターは乗せられたお粥を見るが、まごうことなきお粥であった。レンゲで一口掬って食べてみると、緩すぎず固すぎず丁度いい。 「テレビで見たことがあったから、覚えていたのだ」 恐るべしテレビっ子なボーカロイド。 「すげー、美味い。いやいや、お見それしましたよがくぽ様」 「梅干しを探したのだが冷蔵庫には入っていなかったので食塩にしたが良かったか?」 大量に汗をかくと身体は水分と塩分が足りなくなる。そういう意味でもこのお粥は素晴らしいものだった。なにより、一人暮らしを始めてからはいつもはこんな風に看病されることがなかった為、マスターはえらく感動していた。 がくぽお手製のお粥を平らげて、薬もスポーツドリンクも飲み、汗でびっしょりだった寝間着(というかただのTシャツとハーフパンツ)を着替え、大変清々しい顔でベッドに横たわるマスター。横ではがくぽがタオルを絞ってくれている。 「ちょっと体温測ってみようかな」 枕元に置かれていた体温計を脇に差して3分、ピロピロリンというアラームが鳴る。 「どうじゃ?少しは下がったのか?」 マスターとがくぽが顔を並べて体温計のディスプレイを見ると、そこに表示された数字は「37.9℃」だった。 「おお、だいぶ下がったぞ!マスター、気分はどうじゃ?」 がくぽはぱたぱたと自分の扇でマスターをあおぐ。マスターが快方に向かっているのが嬉しくてたまらないのだ。 「うん、がくぽのおかげでかなり楽になった」 マスターはそんな無邪気ながくぽにつけ込んで、膝枕を要求する。がくぽの腰に手を回してすりすりと頬を擦り寄せると、がくぽはよいしょとマスターのベッドに上って太もも部分にマスターの頭を乗せた。がくぽが無条件で甘やかしてくれるものだから、ついついマスターも調子に乗ってしまう。 「がくぽ、えっちなことすると汗をかいて熱が早く下がるんだぞ」 …なんてことを吹き込んでみる。なんてベタなマスターだろうか。今の素直な可愛いがくぽなら聞き入れてくれるかも…と思っていたが、現実はそんなに甘くなかった。 「ほう、そういう元気はおありなのだな。私の看病などはもういらぬか?」 上からマスターを見下げるがくぽの顔がぴきっと固まり、その声は氷の様に冷たく響いた。 「…すみません、調子に乗りました」 マスターはすごすごと白旗を上げ、大人しくがくぽの膝枕でしばらく寝かせてもらうだけにした。長い間はさすがにがくぽも体勢が辛い。 「分かればよろしいのだ。そういうことは回復されてからいくらでも出来ようぞ」 その後、言葉通りにマスターが全快した日の夜は一晩中思う存分がっつりとがくぽは美味しくいただかれてしまった。それはそれは激しく求め合ったというより求められまくって、次の日がくぽは腰が立たなくなり一日中寝ているはめになってしまった。 |