とりあえず香奈が棚の上が見えないだろうとひょいと抱っこして棚の全体が見える様にしてやると、ぱあっと香奈の顔が綻んだ。 「香奈殿は甘い方がお好みなのだな?」 「うん、からいのやーっ」 そして2人で甘口がずらっと並んでいるゾーンに移動して商品をまじまじと見る。基本的なバー○ントカレーの甘口にしようと香奈に言おうとした途端、香奈は突然がくぽの額をぺちぺちと叩きながらある商品を指差した。 「いたいたた、香奈殿どうなされた…」 「あー!香奈これにする!」 可愛らしいキャラクターがパッケージに描かれたお子様用の「星の王○様カレー・激甘口」をがくぽの腕から身を乗り出して棚から取り、香奈はきゃっきゃっと喜んでいる。香奈は欲しいものが決まったのだから、さあ自分はバー○ントカレーの中辛にしようと手を伸ばしたら、香奈がペチンとがくぽの手を叩く。 「おねえちゃんもこれ買うの!」 ぷぅと頬を膨らませて、香奈はしっかりがくぽの分も手にしていた。 「いや、私は大人で、このカレーは子供用で…」 たどたどしく香奈に自分は違うものが欲しいと伝えるがくぽだったが、するとみるみるうちに香奈の瞳には涙が溜まっていき、遂にはわんわんと泣き出した。 子どもに泣かれたことがないがくぽはどうすることも出来ずに腕の中で香奈をあやしてやるが、香奈の癇癪は収まらない。要するに同じものを買えば香奈の気は治まるのだと、がくぽは香奈の手から自分の分を受け取って引きつりながらも笑顔を作ると、ぴたりと香奈の涙は止まった。 「えへへー、おねえちゃんとおそろい!」 香奈は満足げに笑うと、がくぽと手を繋いで2人でレジに向かう。バイトのチェッカーさんに子供用カレールーを見られてビックリした顔をされたが、がくぽは見ない振りをした。 スーパーの外を出ると綺麗な夕陽が出ていた。今日は朝から雨が降っていたのだがお昼頃から雨足が弱くなって、がくぽが買い物に出る頃には太陽が少しずつ雲の間から顔をのぞかせていた。 マスターが待つマンションに帰ろうとして、手の温もりに気がついた。香奈の手の平だ。 「香奈殿のお宅はどちらでござるか?母君が待っておられよう、早く帰ってあげなされ」 そう言って香奈の手を離そうとするが、香奈はその気配を見せない。 「…あのね、香奈のお家まだだれもいないの」 そう切り出した香奈の話を聞いてやると、彼女はいわゆる「鍵っ子」で、両親は共働きだと言う。母親はパートタイマーらしく夕方の六時過ぎに帰ってくるとのこと。六時を回るまではまだ1時間近くあった。 「ふむ…では、私が香奈殿の家にお邪魔しても良いか?」 「ふぇ?」 「母君が帰られるまで、私が香奈殿と一緒にいよう」 がくぽがそう言うと、香奈は目をキラキラさせてがくぽの腰に抱きついた。 香奈の家は、運が良くスーパーとマンションの間に位置する場所にあった。玄関をあがると少し廊下があって、リビングとキッチンが繋がっている広い間取りの家だった。一戸建ての家に入ることはがくぽにとっては初めてで、リビングには香奈のおもちゃらしきものがいくつか散らばっていた。自分の買い物の荷物をダイニングテーブルの上に置かせてもらい、香奈がお人形を持ってきたので2人でお人形遊びをして時間をつぶした。 一方、ボーカロイドを買い物に出したマスターはあの程度の買い物なのに時間がかかり過ぎていると、居間の掛け時計の秒針を睨んでいた。まさにテレビで見たはじめてのお使いの親の気持ちだ。前にがくぽに何かあったときは、ちゃんと嫌な予感がして不安になって探してみたらどんぴしゃりだったのだけど、今回は別にそう言う感じはしない。六時半になっても帰ってこなかったら探しに出よう、と思っていたらドアチャイムがピンポーンと鳴った。 「どちら様ですか」 あ、俺今苛ついてるのバレバレ。マスターは不機嫌を露にしてインターフォンに出る。 「マスター、ただ今帰りました。遅くなって…」 がくぽだ!と分かった瞬間に玄関に移動してドアを開け、がくぽを家の中へ引き入れるとドアを閉めて愛しい身体をぎゅうっと抱きしめた。 「遅いじゃねーか!何してたんだよー」 マスターはぐりぐりとがくぽの頬に自分の頬を擦り付ける。ああ、この感触は何度も味わってきたそれと違わない。 「ちょっと、子どもに懐かれてしまって…」 買い物袋をとりあえずキッチンに置いたがくぽは財布とメモをマスターに返した。 「懐かれたって…お前そういうキャラじゃないだろう」 「私とて初めてのコトで色々と大変だったのじゃ」 あの後香奈の母親が帰ってきて、母親は妙な人間が家にいることに驚いて最初は威嚇モードでがくぽに対応していたが、香奈がことの次第を話してくれた為に感謝の言葉をいただいた。 「そうか、がくぽにとってもはじめてのお使い的なところがあったのか。それより見てみたいなー、がくぽがお人形遊びしてるところ!」 「…あれは一人でやると寂しいものと聞いたぞ」 本当に寂しそうな瞳で呟くものだから、マスターは悪い悪いと場の雰囲気を和ませて、がくぽの頭をぽんぽんと撫でた。 「さて、じゃあおいしいカレーを作りますか」 そういってマスターは立ち上がって、キッチンへと歩いていく。マスターの手伝いをする為にがくぽもキッチンへ入る。マスターは買い物袋の中身をひとつひとつ確認しながら取り出していく。当然、カレーのルーも。お揃いで買った(買わされた)星の王子○カレー・激甘口。 「ちょっ、おま、何でよりによってこういうのを選ぶんだよ!」 「だっ、だから話したであろう!それは私の選択ではないと!」 お子様お子様!と囃し立てるマスターにぶちっときたがくぽは包丁を素早く握って、先端をマスターの顎に突きつけた。 「私がお子様なら、マスターはろりこんだな?」 待てがくぽ。何故そんな言葉を知っている?と思いつつマスターは真剣な目のがくぽが本気で怖くて両手を上げると、がくぽはうんと頷いて包丁をまな板の上に戻す。そして2人は黙々と料理に徹した。カレールーを入れてかき混ぜた時に、甘口のカレーにさらに福神漬けのタレを混ぜたような甘い薫りが鍋から漂う。茄子はがくぽの要望通りにカレーに入れずに炒めるだけにした。 食卓に並べていただきますをしてカレーを一口食べてみると、がくぽにもやっぱりちょっと甘過ぎる様で、茄子の漬け物と炒め物の消化がいつもよりずっと早かった。 「マスターは辛いものが好きなのに、なぜ甘い菓子類は平気なのじゃ」 お茶をすすっていたがくぽが不思議そうにそうマスターに尋ねる。 「いや、ジャンルが違うじゃん」 そこはマスターなりのこだわりが一応あるらしい。 「じゃあ、マスターが一番甘いと思うものは何じゃ?」 すずっと座卓に対面状態で座っているがくぽが顔をマスターに近づけてくる。こうなれはすることはひとつでしょう、とばかりにマスターはそのまま近づいてくるがくぽの鼻頭をかぷっと甘噛みしてから、それでぴたりと動くのをやめたがくぽの口唇に自分の口唇を重ねる。 そんなのがくぽに決まっているじゃないか、と。 |