ちいさなほしのゆめ




 学校の帰り、山本や獄寺と別れたあとの道。ふと、視界の端に映り込むモノがあった。
 それはキラキラと眩しい大陽のような金の髪。
 あれはキャバッローネのボス、ディーノに違いない。それは遠目に見えるくらいで、顔なんかよく見えもしないのに何故かツナはそう確信した。
 ディーノが日本に来ている、ならばリボーンのいる沢田家に遊びに来てくれてもいいはずだ。それとも今日来日したのかな、なんてツナは思い、とりあえず声を掛けようとその姿に向かって走っていった。
「ディー…」
 声を掛けようとして、はっとした。言葉が喉元で止まってしまって、口から出てこなかった。
 かの姿は、ツナの直感通りディーノだった。しかし、彼は1人ではなかった。ロマーリオなどの部下の人達だったらば気兼ねなくツナも近寄れたが、ディーノの隣にいた人は、雲雀恭弥。並盛中風紀委員長にして、この辺り一帯を恐怖に落とせる、ボンゴレファミリーの一員(?)。
(…どうして、雲雀さんとディーノさんが!?)
 ツナの疑問は明らかに愚問で、この2人はツナとリボーンのように、家庭教師と生徒という関係で、別に2人でいても何ら不思議な事ではない。
 しかし、そんなことを分かっていつつも疑問を抱いてしまうような雰囲気がこの2人の間には漂っている。
 そうまるで…恋人同士のような。


 2人の視界に入らないように物陰に身を潜めながら、ツナは2人の尾行を始めた。
「何やってんだろうな…俺…」
 ツナはそう誰にも聴こえないくらいの声でぼそっと呟いた。

 ツナが尾行をしてみて驚いた事があった。
 あの雲雀が、笑っている。
 いや、雲雀は決して笑わない訳ではないが、彼の笑顔と恐怖はある意味一体の物だった。
 彼が笑う時、何かが起こる。
 そんな印象しかなかったのだが、ディーノと店先の物を見たり公園のベンチで休憩して話している時に見せる笑顔は、あまり刺々していなくて、空気が柔らかいのだ。


 ディーノという人は気さくで明るくて、マフィアのボスなんて言われなければ分からないくらいの好青年で、自分みたいなダメ人間にも優しい。弟分なんて言ってもらう度にくすぐったい気持ちになって、嬉しい反面ほんの少し寂しかったり。
 ツナにとってディーノという人間は大陽であった。部下がいないとドジをかますと言う完璧な人間でなかった分、シンクロした気持ちは憧れに変わり、その感情はツナの心の中でますます大きく強くなっていった。

 奇妙な気持ちを抱えながら、ツナはうつむいた。
 どこかで、ディーノの心の一番上にいるのは自分だと思っていた。あまりにもディーノが自分を構ってくれるから、いつからかそんな気持ちが芽生えていた。
 けれどもそのディーノの好意は、自分がボンゴレファミリーのボス候補だからだろうし、リボーンという家庭教師を通じた仲間意識みたいなものだろう。決して「沢田綱吉」という一個の人間が彼の心の一番上にいる訳ではないだろう。



「あー、もう帰ろ…」
 これ以上ディーノと雲雀が一緒にいるのを見たくなくて、ツナは尾行をやめて帰路につこうとした。
 すると、ツナの頬に熱い何かが押し付けられた。
「あっつ!」
「あっ、わりぃ!缶コーヒーって缶が熱すぎるんだった」
 ビックリしてツナが顔を上げると、そこには果たしてディーノの笑顔があった。ついでに、多少不機嫌な顔をした雲雀も隣に。
「ディーノさん!……雲雀さんも」
 最後のとって付けたような自分の名前に、雲雀は増々ムッとする。
「沢田、なにその白々しい台詞。ずっと付けてたくせに」
「まあまあ、恭弥もそんなに怒るなよ。別にいいだろ、ツナだし」
「…っ、あなたはそういうところがいい加減過ぎる!」
 とりあえずディーノが差し出してくれた缶コーヒーを受け取り、ツナは自分を無視してケンカを始めてしまったディーノと雲雀を交互に眺める。原因は明らかに自分なのだが、下手に止めたら怖い。

 どうしようとオロオロとうろたえて自分たちを心配そうに見ているツナの視線に気がついて、ディーノは雲雀の口を自分の手の平で覆って塞いでしまった。雲雀への弁解はあとでいくらでも出来るが、とりあえずはツナを解放してやらないとならない。
「何か面白いモンでも見れたか?」
「いやあのっ……すみません、いつからバレてたんですか」
「ツナが俺の名前を呼びかけて、物陰に隠れたあとくらいから」
「最初っからですか…!」
 ツナの顔が林檎のように赤くなっていく。なんて間抜けな尾行だったのだろう。ああ、穴があったら入りたいとはこういうことなんだろうと、ツナはもう何も言えずに再びうつむいてしまう。
「男2人でショッピングなんて色気もなかっただろ?あ、恭弥おススメの和菓子を買ったから明日ツナん家行くから、リボーンに宜しく言っといてくれ」
(色気がむしろあり過ぎました…!)
 そんなことは口に出来ない。別にキスをした訳でも手を繋いでいた訳でもないのに、2人並んで歩いている姿はうっすらピンクのオーラが見えるようだったなんてことは。
「は、はいっ、明日じゃあ待ってます」
「ん、じゃあな、気をつけろよ」
 ディーノはにっこりとツナに手を振ってツナが2人に背を向けて歩き出した時。ディーノに塞がれていた口が自由になった雲雀がぜーはー言いながら「沢田!」とツナを呼び止めた。
 恐る恐る振り返ると、雲雀の仕込みトンファーがじゃきんと夕日を照り返して鋭く光っていた。
「何のつもりか知らないけど、邪魔してくれたお礼」
 ひゅん!
 トンファーが空を切って、ツナはギリギリのところで避ける事が出来た。
「ひひっ、ひばりさ…待ってくださいっ…!!」
「待つか!」
 またトンファーが振り上げられる。今度はもう逃れられないだろうとツナがぎゅっと目をつぶって衝撃に備えた。
 けれど、いつまでたっても痛みも何もない。
 そっと目を開けてみると、ディーノが雲雀に後ろから抱きついた状態で地面に転がっている2人の姿があった。
「ちょっと…! 人のこと掴んだまま転ばないでくれない!?」
 攻撃を邪魔された雲雀が喚く。
「お前がいきなり暴れ出すからだろ!? コンクリートに後頭部打ち付けたのは俺だっつーの」
 まるで、初めてディーノがツナの家に訪れた時、一緒に階段から落ちてディーノが下敷きになってくれて自分を庇ってくれた、あの時のような光景。
 人が違えばこんなにも雰囲気は変わるものだろうか、言い合っている割に険悪に見えないし、ちょっと変な想像だって出来てしまう。
 そんな2人をこれ以上見ていたくなくて、ツナは家へと向かい走り出した。



 翌日。
 ディーノが遊びにくると言っていた日。
「雲雀恭弥」が選んだ和菓子を持って。
 はぁ、とため息を落とすとリボーンがすかさず突っ込んでくる。
「どうしたツナ、ディーノが来るのに浮かない顔だな」
「別に…」
「失恋でもしたか?」
「なっ!?」
 まったくこの赤ん坊と来たら、いきなり突拍子もないことを言ってくれるものだ。しかしこの心に小さな穴でも出来たような、そこを風がひゅうひゅうと吹き抜けていく感覚は失恋のそれによく似ていると思った。
 昨日の雲雀とのデートシーンを一通り見て、自分はディーノに失恋してしまったのか。
 そもそも自分はディーノに恋をしていたのか、それならいつからだったのか。
 ツナのため息の種はどんどん増えていく。


 ピンポーン。
 来客のチャイムが鳴った。やがて奈々の声がして一階から人が上がってくる足音が聴こえてきた。どうやら部下の人はいないらしい、一人分の足音。…途中階段につまずいたらしく、「いてっ!」という小さな悲鳴が彼らしくてツナはぷっと吹き出してしまった。
「よぉツナ、リボーン」
 かちゃりとドアが開いてディーノがツナの部屋へ入ってきた。先程のリボーンの一言からなんだか妙に意識してしまって、ツナはぎこちない笑顔で来客を迎えた。
「ど、どうも」
「ちゃおっス」
「あ、昨日言ってた菓子はツナのママンにちゃんと渡したから」
 ならばお茶と一緒に奈々が部屋まで持ってきてくれるだろう。
 リボーンとディーノは他愛のない世間話をしている。さすがにマフィア間での重要なことをこんなところで話したりはしない。ツナは2人の会話をBGMにしてため息の種のことを考えていた。

 ディーノはともかくとして、昨日の言葉や行動の様子からして雲雀はディーノが好きだろう。そういう意味で。男が男を好きになる、というのは一般的にいい印象を持たれないけれど、ツナ自身はどう考えるかと言えば、別にかまわないと思う。
 好きになる要素は人それぞれだ。どこを好きになろうと他人にとやかく言われる筋合いはない。好きになった相手以外の人には。
 雲雀だって男が好きな訳ではなくて「ディーノ」という個人を好きになったまでで、ディーノが女の人でも好きになっていたはずである。…そう信じたい。
 だから、ツナがディーノを好きになったとしても別に問題はない。ディーノが受け入れなければそれまでの話なだけで。
 ツナにだってディーノを好きになる理由はたくさんある。ディーノ自身は端正な顔立ちで美人だし、そこはかとなく漂う空気が色っぽいと感じることはしばしばだ。戦う姿はその華麗な鞭さばきが美しくてうっとりしてしまうくらいで、男のツナだって見とれてしまう。きっとイタリアに帰れば男女問わず引く手数多…。



 そこで一旦思考が途切れた。奈々が例の和菓子とお茶を持ってツナの部屋へ入ってきたからだ。
「お待たせ〜。お持たせですがどうぞ」
 目の前に置かれたさらに乗っていた和菓子は、ツナの思っている雲雀の印象からは遠い感じの、繊細な細工がしてあるものだった。茶道なんかやっている人がお抹茶と一緒に戴くような、高級品。
「綺麗なお菓子ですね」
「恭弥はここの店のが好きみたいで、よく食べてるって言ってた」
「なんか雲雀さんっぽくないですね」
「んー、あいつ結構こう…アンティークな感じのモノとか好きなんだよな」
 ツナは和菓子を真っ二つに割った。それはツナの中で雲雀の好きなものを壊してやった、そんな黒い感情を表していた。
 この黒いものの中にあるのは嫉妬だ。こうして雲雀のこと良く知っています、みたいにディーノが語るのがとても嫌だと思った。我が儘だと言われても、ディーノの口から雲雀の話が出るのが嫌だった。



 俺を見て。
 雲雀さんじゃなくて、俺のことを見て欲しい。

 ああ、自分は恋をしてしまったのだと、ツナはこの時ようやく理解した。



「ディーノさんは、雲雀さんのことが好きですか?」
 ツナは真面目に聞いた。視線こそ合わないものの、声は真剣そのものだった。
「ああ、好きだよ。なんていったって俺はあいつの家庭教師だし」
 ディーノは明るく答える。そしてこう付け足した。
「ツナのことも好きだけど?」
 ああ、この人は分かって言っている。自分がした質問の意味を分かっていてなお、関係や雰囲気を壊すまいとわざと家庭教師なんて言葉を持ち出したり、自分のことも好きだなんて付け加えているのだ。

 でももう逃げ道は作ってやらない。
 ツナはそう決心した。

「俺はディーノさんが好きです。雲雀さんには負けたくありません」
 それは、告白というよりも、宣戦布告のようになってしまった。
「…恭弥は手強いぜ?」
「分かってます。でも、この気持ちはごまかせません」
「ありがとな。でもまあ、それは恭弥にも言ってくれよ」
「…もちろんです」
 怖いけれど。あの雲雀さんと争うなんて考えるだけで嫌だけれど。
 でも、譲れないものが出来てしまった以上、殺されてでも戦わないといけない。




 沢田綱吉、戦闘、開始。




2009/04/23



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