夜の闇に、ガサガサと葉音を立てて建物の中に入る影がひとつ。
キイ、と音を立てて屋敷の建物が開いた。そこで帰宅者を出迎える女性が1人、にこりと笑顔で佇んでいる。
「サイ、お疲れさまです」
そういって女性はサイの着ていた上着を脱がしてやる。女性ものの黒いコートだから目立たないけれど、それには血のしみが付いていた。
「怪我をされましたか?」
「あ、それ? 俺のじゃないから平気」
「そうですか…良かったです」
女性がコートをランドリー室に持っていく間に、サイはそれまでとっていた姿を変える。それは、「今のサイという人間の普通の状態の姿」である。サイは特異な体質で、体の細胞を変えて様々なものに変化出来る。そのことを利用して裏の仕事をしている「怪盗X・I」とはかなり名の知れた存在だ。
しかし、そのことが原因でサイは「本当の自分」を見失ってしまった。脳細胞も異質で、どうでもいいことは即座に脳のメモリーから消去してしまう。
本当の自分を忘れても忘れないのは彼女、自分の助手を務めてくれるアイだけ。
リビングまで行くと、仕事に行く前に着ていた服がたたまれてカウチソファの上にきちんと置かれていた。アイのきっちりした性格がこう言うところから窺える。服を掴んでとりあえず着替えを済ませて、カウチソファにどかっと座って大きなクッションをいつもの癖のように抱きかかえて、サイはアイが来るのを待っていた。
パタパタとスリッパの音が近づいてきて、アイは姿をサイの前に現した。
「あーもうアイ聞いてよ。もう今日の仕事すっごくてさー、女になって変なおっさんの機嫌取らなきゃならなくて。一発で殺してやったけどさ、機嫌取りなんて俺に向いてないよねー」
サイは疲れの鬱憤をアイにぶつける。アイはくすくすと笑って、「それは災難でしたね」なんて相づちを打っている。
可愛い。
くすくす可笑しそうに笑うアイは、いつもと違って雰囲気が柔らかい。
サイの助手ということもあって、彼女自身も裏の仕事をすることはあるのだが(大体がサイのサポートだが)そういうときに感じる冷静さは氷みたいでちょっと冷たいと感じる。完璧主義のアイだからこそなのだろう。
でも、この屋敷で2人でいる間はそんなに冷たくなくて、サイが我が儘を言うときだけつんとしてて、でもそんなアイを可愛くてとても好きだとサイは思う。
「サイ? どうかなさいましたか?」
ぼーっとアイに見とれていたことにそこで思い出して、サイは少し顔を赤らめる。
「あ……───あのさぁ?ひとつ聞いてもいい?」
サイがじと目で自分を睨むものだから、アイは思わず一歩引いてしまった。何かしただろうか、料理がまずかったとか下調べが甘かったとかそんなことでも聞かれるのだろうか。
アイがひくついた顔を崩せずにサイの言葉を待っていると、それは意外なものだった。
「アイは、そういう仕事したことないよね?」
「失礼ですが、そういう…という言葉の意味は」
「だから、女の武器使って、変な男相手にそういう仕事はしたことないよね?」
ああ、今日自分がしてきた仕事とダブらせているのだろうとアイは理解し、ふるふると首を横に振った。
「そういう仕事はしたことがないです。好みません。でも、サイの助けになるのならばいたしますが」
「俺もヤダ」
はっ?とアイの頭にクエスチョンマークが並ぶ。サイの言いたいことがよく分からない。アイがサイを見てみれば、むすっと拗ねた顔をしてアイを睨んでいる。
「サイ、意味がよく分からないのですが」
「だから!…アイが俺以外の男とそういうことするの、すごく嫌だ」
そういってサイは耳まで真っ赤にして抱いていたクッションに顔を押し付けてしまう。あれ、もしかしてこれは愛の告白というやつなんだろうか、とアイが何も言えないでいると、やけになったのかサイはクッションを投げ捨て、アイの腕を引っ張ってカウチソファに押し倒す。
「きゃっ…」
アイは小さな悲鳴を漏らす。そのアイに馬乗りになって、サイはすっと指先でアイの唇をゆっくりとなぞった。
「アイのこれは、俺だけのもの」
サイは指をアイの唇から離すと、そのまま顔を近づけて今度はアイの唇を自分の舌先でなぞり、そのままアイの唇を塞ぐ。
「……んっ」
アイは息が出来ず苦しくて、呼吸をしようとお互いの唇のわずかな隙間から酸素を取ろうとしたとき、アイ自身でも驚くような甘い声が漏れた。その声はサイの鼓膜から侵入し、脳を一時麻痺状態にさせる。びっくりして思わず口づけを自ら解いてしまったサイは、決まり悪そうにアイを解放した。
「サイ」
「…シャワー浴びてくる」
ドクドクと高鳴った心臓を落ち着ける為に頭を冷やそうと、サイはそのままバスルームへ向かっていった。
カウチソファに体を起こして先程の行為を思い出すと、アイの心の中はたまらなく切ない思いでいっぱいになった。
ザザザ───…。
シャワーの温度を温めにして、サイは頭からお湯を被り続けていた。頭を冷やす為のシャワーだったはずなのに、頭の中では先程のことがグルグルと未だに回り続けている。あの時、自分は何をしようとしていた?
大切なものに 大切なのに 傷をつけようとした?
アイは? アイは何故されるがままだったのか?
それは自分の助手だから?
───そんなの!
サイの男としてのプライドがずたずたに引き裂かれた気がした。アイにも自分にも嫌気がさした。
どうして上手く言えないのだろう。アイが好き、俺を好きになって。世間で言う恋人みたいになりたい。きっと何かのきっかけがあって口が開けばそれはすんなりと出てくる言葉たちなのだろう。でも、アイが受け入れるとは限らない。それが怖い。それが原因でアイが自分から離れていってしまったらと思うと目から熱い雫が頬をつたって流れていった。
「……サイ?着替えをここに置いておきますから」
その時、幸運?にもアイがサイの着替えを持ってバスルームへやってきた。あんなことのあとなのにいつもと変わらない声色、トーン。サイの中でそれらが起爆剤になったのか、バスの扉を開けて、アイの細い腕を掴んでバスルームの中へと引きずり込んだ。
「さ、サイ…!?」
「なんでそんなに普通なんだよ!俺達キスしたのに!アイにとってあれはいつもの俺の我が儘に付き合ってくれただけな訳!?」
いきなり洗い場に引きずり込まれて、止められていないシャワーのおかげでアイまで全身ずぶ濡れになってしまった。そして目の前にはがなり立てて自分を責めるサイの裸体。訳の分からない状況にアイはどう対応していいか分からない。サイが我が儘を言って怒ったり拗ねたりすることはよくあることだけれど、こんな風に見ていて心が痛くなるような興奮の仕方をしているサイのことをアイは初めて目の当たりにする。
「サイ、落ち着いて下さいっ」
「これが落ち着けるかよ!…好きだって、アイのこと好きだって思ってて、恋人みたいになれたらいいなとか勝手に思ったりしてたところにさ!さっきのことだよ!俺は嬉しかったよ?アイとキス出来たんだから。でもアイはそうじゃない。こうして黙ってれば機嫌も直るくらいにしか思われてなくって、俺男としてどうしたらいい訳?」
我を忘れて好きだなんだまで言ってしまっていることまで今のサイの頭では理解出来ない。
泣くように叫ぶサイを、アイは渾身の力を込めてぎゅっと抱きしめた。濡れた服はアイの体の線に沿って貼り付いていて、まるで直に触れられているかのように感じられた。
「そんなことないです、私だって、……私だって嬉しかったです!サイが、そんな風に私を思っていてくれていること…」
アイはそっとサイの頬に伝う涙を親指で拭う。シャワーのせいでそれが涙かお湯かは分からないはずだけど、アイは確かにサイの涙を探し当てた。
「私だって考えていました。サイが好きだと。それがおこがましい感情だと分かっていても。いえ、分かっていたからこそ、いつもの【アイ】でいようと努めました。私はサイの助手です。好きだ嫌いだで仕事に影響が出ては困りますから……」
自分にも言い聞かせるようにアイは優しくサイの頭を撫でながら告白する。サイは先程の状態が嘘のように、アイの胸に顔を埋めてしがみついている。
「俺達、両思いだったんだね」
「ふふ、そのようですね」
サイはそっとアイの頬に手を当てて、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「───キス、してもいい?」
アイは恥ずかしそうに少し瞳を伏せて首を縦に振る。
優しく、そっと重なる唇は、いつまでも離れようとはしなかつた。
キスをしている最中、サイの手の平がそっとアイの豊かな胸をそっと包み込んだ。少しビックリしたものの、アイは相手がサイなら嫌ではないので、そのままさせておいた。唇を離したサイはアイの耳元で囁いた。
「ねぇ、アイ。…セックス、したい」
「いいですよ…サイなら…」
それは2人が初めて体を重ねる儀式の始まり。
最初から裸体だったサイは問題ないが、服を着たままシャワーを浴びてしまったアイは洋服ごとずぶ濡れで、少し哀れな感じだった。アイはするとなったのなら服は邪魔だろうと、トップスを脱ぐ。すると柔らかそうでたわわな胸がレースで縁取られた可愛らしいブラジャーに包まれていた。アイがホックを外そうとすると、サイがその手を止めさせ、サイ自らがホックを外してやる。包まれていた締め付けがなくなった乳房はぷるんとその姿を現した。
「あんまり見ないで下さい。恥ずかしいですよ」
「なんで? 女の人ってこんなに綺麗なボディラインしてるんだ」
サイは両手でアイの乳房を持ち上げ、慎重に揉み始める。乱暴に扱えないのは乳房がサイが思っていたよりもずっと柔らかくて弾力があるからだった。悪戯に乳首を人差し指を親指でふにふにとつまんだり捻ったりしてみると、アイが敏感に反応を示した。
「っあ…あ、あまりそこを触らないで下さいっ」
「アイ、気持ちいいんだ…? 可愛い」
サイは指を離し、右の乳房の突起に吸い付く。ちゅ、と強めに吸い付いたり、舌先で乳首の先っぽや周りを舐め回してみる。
「ふぅ…んんぅ」
アイの体がふるふると震えている。きっとこれからのことが怖いのと気持ちいいのない交ぜなんだろう。桜色に上気した頬ではぁはぁと息をするアイの首筋に噛み付いて、指先はロングスカートの中へと足伝いに侵入していく。太ももをつと指で撫で下ろしてみると、アイは咄嗟に身をかがめた。
「アイ、足開いて?」
サイは優しく問いかけてみるが、アイは恥ずかしさのあまり目を伏せてサイの顔を見ようとしない。
「俺はアイとひとつになりたいよ」
真剣なサイの声色にぴくりとアイが反応して、ややしばらく空白があったが、アイはそっとその閉ざされた足をサイに見えるように開いた。
とりあえずスカートは邪魔なのでサイが脱がしてやり、アイの今の姿はパンティのみというあられもない格好だ。
アイが驚かないように、怖くないように、サイはそっと優しく下着の上から恥丘を上下に撫でさする。びくっと大きくアイの体が揺れたが、サイは空いている方の手でアイの頬を優しく包み込んだ。
「アイ、気持ちいい?」
「あッ、はぁっ…なんか、変です…私の体…とても熱い」
アイの豊かな2つの乳房が大きく息をする度にぷるんと上下に揺れ、正面から見ているサイには堪らなく官能的な景色だ。
「アイ、俺もすごく熱い…アイが色っぽすぎて、おかしくなりそう」
サイはついにアイの下着を外し、産まれたままの姿にさせる。開いた足の間には甘い香りを既に漂わせている密壷が見える。サイは人差し指と中指を使って恥丘に直に触れた。
「きゃぅん!」
アイはまるで子犬のような可愛らしい声で喘ぐ。そのまま密壷とクリトリスに触れると、アイの喘ぎ声が一段と大きくなった。既に少し濡れている密壷はぬるぬるしていて入り口は触れられるけれど、指を入れるのは少しキツそうだった。指の腹でクリトリスをくにゅくにゅと刺激してやると、密壷からまた愛液が流れ出てくる。
「あ! んっ…やぁ、やっ、サイ、私変ですっ…」
「ここは女の人が気持ち良くなれる場所だよ? アイは変じゃない」
「だってっ…そ、そんなところ触られて、もっと体が熱くなるっっ…!!」
アイは涙をぽろぽろ零しながらはぁはぁと喘いでいる。恐らくこの分では自慰もしたことがないのだろう。
「ひっ!」
なんとか愛撫しているうちに、密壷に指が入るようになった。あとはペニスを入れた時になるべくアイが受け入れやすくなるように、慣らしながら入り口を広げていくだけだ。
「あぁあ、サイっ、何か体の中に入ってきてっ…!やあぁぁ!」
抱きすくめた腕の中でサイは快楽と痛みの狭間でパニックを起こしかけているアイを必死になだめる。普段はサイが甘えてアイが支えて。そんな関係だったけれど、こればかりはそうはいかないようだ。しかし、普段冷静で、温和なアイがこんなに乱れるとは思っていなかった。サイは特に何もしていないのに固く立ち上がる自らのペニスに思わず苦笑を浮かべる。
指2本で大体動き回せるくらいになったので、アイの密壷の入り口を指で広げてやる。中からはトロトロと愛液が溢れていて、受け止める熱い塊を今か今かを待ち望んでいるように見えた。
「アイ…力、抜いててね」
その言葉と同時にサイは自らの膨張したペニスを思いっきり蜜壷の中へと突っ込んだ。
ブツ、と音がした感覚があるのはアイの処女膜を破った音だろう。
アイは突然入り込んできた質量の大きさと熱さ、そして痛みに声もでない様子だった。力を抜けと言ったものの、初めてのことにアイがすんなり対応出来る訳がなく、アイは声も出せずにカタカタと震えている。
「ああああ! 痛いっ! やめて、いやぁ!!」
背中をのけぞらせて涙をぼろぼろと零し、アイはサイの肩につかまって、バスルームの天井に向かって叫ぶ。
「アイ…力抜いてって! 動けない!」
「無理っ、む、りですっ…ひあぁぁっ!!」
どうにもならないアイの様子に、仕方なくサイはペニスを密壷に入れたまま動かさずに、他の部分を刺激し始めた。
特に乳房は揉んでも吸っても、乳首を攻めてもかなり感じるらしく、そこを重点的に愛撫していくとだんだんとアイの意識がぼんやりとしてきて、体自体の力も抜けていく。そこを狙って少しだけ動かしてみる。また痛がると同じ行為を繰り返す、といった具合にアイとスムーズに繋がれるようになるにはかなりの時間を要した。
やっとゆっくりながらも中で動けるようになり、それをアイも快感と感じ始めた。アイは固く掴んでいたサイの肩から手を離し、サイの首筋に両腕を回してなるべく2人の体が密着するような体勢を取ってサイを迎え入れている。ぐちゅぐちゅとサイのペニスから漏れる透明な汁と、アイの密壷から溢れる、処女膜を破った証拠である血液が混じった愛液が混ざり合い、卑猥な水音をバスルームに反響させていた。
「アイっ…アイ、好きっ…!」
「あん、あぁ! はぁ、んっ…サイ、サイ私も好きです…んっ!」
「中で出していい…? アイの中あったかくて気持ち良過ぎる」
「はい…いっぱい、アイにください…!」
ひと際挿入のスピードを速めると、お互いの体をしっかりと抱きしめ合いながら、サイは膣の中にありったけの精液を注ぎ込む。膣内で受けきれなかった精液は勢い良く溢れ出し、アイの体を淫らに汚す。サイがペニスをアイの密壷の中から引き出すと、中からどろりと精液と愛液と血液が混じったものが流れ出した。
アイがあのまま気絶してしまったので、とりあえずサイが自分とアイの体を洗って綺麗にして、アイの部屋までお姫様抱っこで連れて行き、着替えさ、ベッドに横たわらせる。
「無茶…させちゃったかな」
あんなに痛そうに顔を歪めて、でも自分を受け入れようとしてくれるアイの姿がまぶたに浮かぶ。また、行為に慣れてきて、初めての快楽に戸惑うように乱れるアイの姿も同時に浮かんできて、サイは1人でかぁっと照れた。あんなに可愛くて色っぽくて艶やかなアイは他の誰にも見せたくない。
サイがそっとアイの前髪を梳くように撫でていると、アイがうっすらと目を開けた。
「アイ、大丈夫?」
捨てられた子犬のような目をして見つめられたら、アイでなくとも「平気」と答えるだろう。
「…ひとつに、なれたんですよね」
アイはサイの手を取って胸元できゅっと抱きしめた。
「うん、俺とアイがひとつになったんだ」
アイは目を閉じると、そのまままた大粒の涙をこぼし始めてしまった。アイに泣かれてしまうとサイは弱い。今回気づいたのはそのことだった。
「こんなに嬉しいなんて…思いませんでした」
サイはそのアイの言葉に笑うと、涙が流れたままの瞳に口づけていく。
翌日、腰痛のためアイが全くベッドから起き上がれなかったのは、またひとつのエピソード。
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